天槍のユニカ



追想の場所(15)

 ユニカを城に迎え入れたのが王妃であるということや、その理由を知る者も少ないはずなのに、ディルクの口振りはまるでそうした事情をすべて承知しているようである。
 そこでようやく、なぜ彼がここへやって来たのかと疑問に思った。それを察したらしく、ディルクは険しくしていた表情をふと緩めた。
「エリュゼに聞いたんだ。伯母上が君を可愛がっていたと。君も、逃げるとしたら伯母上にゆかりのあるもののそば――ここだろうと」
「エリュゼが、どうしてそんなことを……」
「今は君を迎えに行くのが先だと思って出てきたから、私も詳しくは聞いていない。とにかく、ここは寒い。宮へ戻ろう。身体が冷え切ってる」
 ディルクに肩を抱き寄せられそうになり、ユニカは慌てて彼の胸に腕を突っ張ってそれを拒んだ。
「放っておいて。私は風邪も引かなければ凍え死ぬこともないようですから」
 ユニカが皮肉たっぷりの笑みでそう言うと、溜め息を吐いたディルクはずっと掴んでいたユニカの右手を引き寄せ、固く閉じていたそれを力任せに開かせる。ユニカは抵抗しようと指に力を込めたが、傷が痛み、彼にされるがままとなってしまう。
 掌にこびりついた血は乾いていて、ディルクは血が固まった傷の縁を労るようにそっと撫でた。
「痛いだろう?」
「平気です」
「痛くないとは言えないんだな。正直な子だ」
 次の瞬間、ユニカは悲鳴を飲み込んで目を瞠った。
 ディルクが、ユニカの掌に口づけたのだ。しかも、ぱっくりと開いた傷口に温かい舌が這う。
「……っい」
 痛い、と言いかけた自分の唇を噛んで堪えるが、ディルクは痛みを与えるためにやっているのだろう。熱く湿ったものは、しつこく、ゆっくりと傷を撫でていった。
「強がっても無駄だ」
 指の傷まですべて舐め終えると、ディルクはやっとユニカの手を解放した。そして祭壇へ追い詰めるように彼女に迫り、涙で濡れていた頬を両手で包み込む。
「少しも平気になんて見えない」
 声色は意地悪だったが、ユニカが見上げる表情は相反して優しい。
「痛いなら痛いと言えば、嫌な思いをしたなら泣いて助けを求めればいい。この世界にいるのは、君の敵ばかりじゃないんだ」

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