天槍のユニカ



矛先(19)

「そのまま、こちらにはお連れせず、殿下のところでユニカ様をお預かりいただきたいのです」
「――なぜだ? 彼女が承諾するとは思えないが」
「近衛兵が宮の入り口にいたとおっしゃいましたね。彼らは警護のために置かれた兵ではない、それだけは確かです。わたくしが出入りする時には気がつきませんでしたが、恐らく見張りの兵ではないかと思います。なぜ見張るのか、その理由が分かりません。理由が分かるまではユニカ様を宮へ戻さぬ方がよい気がするのです」
 ユニカに警護はつかない――ディルクが疑問に思っていることの事情を、エリュゼはまるで知っているかのような口振りである。
 しかしディルクは特に驚かなかった。頷く代わりに、彼はエリュゼの首筋に手を伸ばし、巻かれていた女官であることを示すスカーフを静かに奪い取った。
「いいだろう、ユニカは私が預かる。だがその前に訊いておきたい。卿はなぜ侍官の真似事をしているんだ? プラネルト女伯爵」
 驚いたのはエリュゼ本人ではなく、遠巻きにその遣り取りを聞いていたリータとフラレイだった。緊迫した遣り取りを妨げないよう、彼女らは声の漏れそうになった口をそれぞれ塞いで、伯爵≠ニ呼ばれたエリュゼを凝視した。
「お調べになったのですか」
「堂々と陛下の執務室にいながら、ばれないと思っていたのか? ユニカ付きのただの侍女が王の執務室にいるはずがない。さすがに調べるさ」
 エリュゼは身じろぎひとつせず、突き付けられるディルクの言葉をじっと待っている。
「シヴィロ貴族の中では、爵位を持つ女性はたった三人だけだ。先日引退したタールベルク太守・ブリュック女侯爵、医官のヘルツォーク女子爵。それから、プラネルト女伯爵。卿だ」
 身分を暴かれた彼女はその場に跪き、ディルクの上着の裾を取り上げてそこに口づける。
 帰服の意を示しエリュゼは、王太子の顔を仰ぎ見て言った。
「ユニカ様のこと、どうぞよろしくお願いいたします」






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