天槍のユニカ



みんなのおもわく(3)

 こんなふうに普通に$レしてくれる人は、エリーアス以外に久しく現れなかった。
 王妃には返しきれない恩がある、エルツェ家の人々にも受け入れて貰えた、エリュゼやレオノーレも貴族の事情に疎すぎるユニカの世話を焼いてくれるし、ディルクもそばにいて欲しいと言ってくれる。
 しかし、マクダの問いはそれらとはまったく違う距離から投げかけられた。一緒に生活したことのある、生活の一部を仕事という形で共有したことのある、アマリアで出会った人々には真似できない距離から。
 こんなふうに気に掛けてくれる人が、自分の生きてきた世界にちゃんといたのだ。
 つい目の奥を熱くしていると、マクダの笑みもくしゃりと歪んだ。
「ちょっと、うるうるしないでよ。あたしまで泣けてきちゃう」
 そうしてついと顔を背け、化粧を直したばかりの目元を指先でぬぐうマクダ。ユニカも泣かないように少しだけ息を詰めてから、あたたかいものに満たされながら自然と笑みを浮かべていた。
「王妃様は、私にとっては二人目の親です。お城で暮らしてこられたのは王妃様のおかげでした」
「そう」
「さっきまで一緒にいたエリュゼも、王妃様の代わりに私の世話を取り仕切ってくれているんです。厳しいことも言いますけど、悪く思わないであげてください。マクダさんのとも、警戒心が解けてきたら普通にお話しさせてくれると思います」
 ユニカの耳には「お前が話を出来る相手ではない」と言い切るエリュゼの言葉が残っていた。
 そんなことはないはずだ。ユニカが本来いるべきところはマクダと同じ場所。
 今は公爵家の名を背負っているので身分を意識せざるを得ないが、ユニカもエリュゼも、施療院では市井の人々と普通に口を利いている。
 それどころか、ついこの間は一緒に椅子を並べて豆の莢(さや)取りをした。黙々と作業していたユニカより庶民の女達と気安く喋っていたのはむしろプラネルト伯爵の方だ。しかも、「エリュゼさん」とか呼ばれながらである。
「気にしてないよ。あのお嬢さんが言うことは正しいもの。それに、あのお嬢さんはあんたのことを心配してるんだよ。あたしはあんたの過去を知ってるから吹聴されたらいけないと思ってるのさ。あんたの出自を気にしない貴族の方が少ないだろう? もちろん、あたしは言いふらしたりしない」
 マクダはユニカの胴にするすると腕を回しながら言う。気にしていないのは本心だろうが、マクダの方からもそう言われては、どうしてもさみしい。この人から仕事を貰いながら、あの小さな村で暮らしていく未来があったかも知れないことを思うと、余計に。

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