天槍のユニカ



蜜蜂の宴(17)

 ユニカの様子がおかしいのは、十中八九コルネリアに会ったからだ。そして何か言われた。茶会に誘われる以上の何かを。
 誹謗中傷の類いをクリスティアン達が耳にしていれば即座に手を回してその娘を締め上げてやろうと思ったのに――糸口がなければディルクは手を出せない。
 そう思って悔しがる自分を、王太子という立場の自分が諫める。ちょっとした誹謗中傷≠ネど世の中に溢れているではないか。それしきのことを見逃せない、受け流せないのでは自分もユニカもあまりに狭量に過ぎる、と。
 しかし、陰口は受け流し、面と向かって批難されればやり返す術を心得ている自分と同じ技をユニカに求めるのは酷だ。現に、今日もあんなにしょぼくれているのだから……。
 ディルクの籠の中にいてくれれば、そんな思いをさせずに済むのに。
 とはいえ、ユニカが行きたいところへ行き、自分の意思でディルクのところへ毎日戻ってきてくれることが愛しいので、本当に閉じ込めてしまうことも出来ず。
 さりとて女同士の争いが原因なら力になることも出来ず。
 やり場のないいらだちを頭の中でぐるぐる掻き回しながら、ディルクは夜分に呼び出した部下達にねぎらいの杯と椅子を勧めた。
「シャプレ伯爵……最近どこかで名前を見たか、聞いたかした気がするんだ」
「どういうお方です? 宮仕えしている貴族ですか」
 公国出身のアロイスは名前も聞いたことがない上にあまり興味もなさそうだ。聞き返してきたのは、上等な酒杯のお礼にディルクの思考の整理を手伝うためだろう。
「ふだん王都にはいない貴族でしょう。プラネルト伯爵からアマリアに居を構える貴族の名簿を見せていただきましたが、そういう名前を私は見ておりませんので」
 クリスティアンの言葉に頷き、ディルクは杯を置いた。
「ああ、数年前から地方領で暮らしている。今は大霊祭のために一家そろって王都へ来ているんだろう。調べたが目立った財力も兵力もなかった」
 くだんの伯爵の娘が王都にいる理由は分かったとして、どうにもその臣下の名前が気になるのだ。そして気になる理由が分からない。
「殿下のところへご挨拶に来られたとか、あるいはこれからお会いする約束があるのでは?」
「直接会っていれば覚えているし、これから会う人間の名前も頭に入っている。そうじゃない、ということは、書類で名前を見ただけか、誰かの話の中に名前があったか」
 記憶の端に引っかかった程度の人物に珍しくこだわるディルクの様子に、クリスティアンとアロイスは顔を見合わせた。しかし、むしろディルクはこの記憶の端っこがやけにくっきりしていることにもやもやしていた。

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