天槍のユニカ



蜜蜂の宴(16)

 しかも、ユニカは目を合わせてくれないまま、相変わらずディルクの上着を放そうとしなかった。その挙動が不審なことと合わせて、何やら嫌な予感が腹の底で渦を巻き始める。
 それから夕食をともにしている間もユニカは様子がおかしいままで、なんというか、茶会のことへ話が向かないように必死に施療院やエルツェ家の弟達の話をしたがっている気がした。
 そして、夕食を済ませるとすぐに彼女は「文学の宿題を出されたから」と言って逃げるように自室へと戻っていた。そそくさとディルクから逃げていったのがいかにも怪しい。
 だが、ユニカが懸命に隠そうとしていることを強引に聞き出そうとしても無駄だ。
 ほんのふた月ほど前まで彼女の殻の強固さに苦労していたディルクは、即座に搦め手から攻略する方法を選んだ。
 すなわち、昼間ユニカのそばにいた騎士達を呼び出したのである。
 ディルクは入浴もカラスの行水で済ませ、残りの仕事を片付けるために戻った執務室でクリスティアンとアロイスを目の前に並べた。
「そうは言われましても、ご婦人方のおしゃべりに聞き耳を立てるなんて出来ませんよ。マナー違反でしょう」
 ところが、事情を探ろうとしたディルクの質問には、クリスティアンより先にアロイスがそう答えた。
「礼儀とユニカの安全を秤にかけるな。お前なら簡単に令嬢との距離を詰められるだろう。いつもみたいにへらへらしていれば」
「それもそうかも知れないのですが、ゼートレーネのご令嬢方≠ニは違って、今日のお方は我々など眼中にないという感じでしたしね」
 ゼートレーネの村娘達から一番の人気を獲得したのがアロイスにとってよほどよい思い出らしく、コルネリアのすげない態度こそ彼の眼中にないようだ。
 クリスティアンも特に報告すべきことが見つからないのか、黙っている。二人とも、本当に聞き耳を立てることを憚って会談の舞台からは少し離れていたらしい。
 ディルクだってユニカが誰とどんな話をしたのか一言一句把握しておきたいわけではないが、今回はちっとも頼りにならなかった部下達を前にむくれた。

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