天槍のユニカ



蜜蜂の宴(8)

 ユニカは今すぐ継父に抗議しに行きたいのを拳を握って堪えた。あの男のことだ、レオノーレの口から語られる事情の三倍は大げさに、うちの娘≠ニ王太子殿下のありもしない恋物語をつくって触れ回ったのだろう。
 ディルクが臣下の反応について詳しく教えてくれなかったのはそのせいもありそうだ。むしろ、ディルクもそれにのっていそうなので少し不安だ。
「公爵は、小説家か劇作家になった方がいいと思う」
 なお、登場人物はぜひユニカやディルクと無関係の人でお願いしたい。
 ユニカが苦々しく言い捨てると、レオノーレはきゃっきゃと笑った。
「それはいいわ! 多分売れるわね! 少なくとも公爵の今回の話を信じる連中にはもう売れてる」
「笑いごとじゃないわ」
 ディルクの気が済むまで一緒に過ごし、正式な妃になる女性のために跡を濁さずひっそり立ち去ろうと考えていたのに。皆が「殿下は本気だ」と思ってしまったらお妃選びに支障が出るのではないか。
 しかし、ユニカがいずれ去るつもりとは思っていないレオノーレはほっそりした顎先に手を添えて続けた。
「政治面の問題をしっかり見ている家臣は公爵の舌先に惑わされたりはしないでしょうから、いずれ何か動きがあるかも知れないけど。でも、一昨日エイルリヒの婚約者が発表されたせいもあって、今はユニカのこともだいぶ下火よね。みんなそれで大騒ぎ」
「公子様の? シヴィロ貴族もそんなに気にすることなの?」
「気にするわよ。あっ、待ってユニカ、その顔は相手が誰なのか知らないわね?」
 もちろん知らなかったので、ユニカはこくんと頷いた。エリュゼは知っている? と視線で尋ねたところ、彼女はちょっと気まずそうに顔を逸らした。
「伯爵、教えてあげていないの?」
「ユニカ様もわたくしも、特別親しくしていたわけではありませんし……」
「未来の義理の姉妹なのよ。知っていた方がいいじゃない」
 そうはならないだろう……と思いつつも、二人の言いようからして未来の大公妃はユニカも知っている女性らしいので少しだけ興味を惹かれた。
 ずばり名前を尋ねてみると、レオノーレは誇らしげにそれを披露する。彼女にとっては正真正銘義理の妹となる姫君。レオノーレの表情を見ていると、彼女は相手のことを気に入っているのが分かる。
 そしてユニカは、ついこの間までディルクの侍女をしていたティアナの名を聞き、柄にもなく声を裏返して驚いた。

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