天槍のユニカ



蜜蜂の宴(4)

 頭を抱えた腕の間から、ディルクの片目がこちらを見つめる。彼はユニカが王との約束を過去形で語ったことに気づいたようだった。
 あの約束の源はユニカの逆恨みであり、そんなものに溺れている必要がなくなったユニカにとって、約束もまた不要なものだった。
 王も何も言ってこない……彼にとっては、初めから不要なものだったのかも知れない。
 それに、そんなものをよりどころにしなくても、ユニカには生きていく場所が出来たと思う。
 その一つがディルクの隣だ。この幸せが一時のものであっても大丈夫。そう思えるくらいにはほかにも大切なものが出来た。
「だからいつでもディルクのそばを離れられるようにしていなくちゃならないの。これは私の逃げ道で、離れる時は、ディルクのことを嫌いになって離れるわけじゃないわ。あなたやこの国のまつりごとに瑕をつけたくない、そのために必要だと思って離れるのだと思う」
 勝手でひどいことを言っている自覚はあった。現にディルクの眼差しからは困惑や不安も消え、ひたすら静かに凪いでいく。
 むしろこれで愛想を尽かされるのではないだろうか。それはそれで仕方ない――そう思ってうつむいたユニカの肩をディルクの腕が抱き寄せた。
「まったく君は、この期に及んで俺の思い通りにはならないんだな。俺のことを好きだと言ってくれるならただ一緒にいてくれればいいのに」
 腕の力は優しく、しかし確実にユニカの動きを封じる。逃がさないというディルクの意思を感じることに、ユニカはつい安堵してしまう。
 今は、この気持ちに身を委ねていてもいい。今は、許されなくなるいつかまでは。
「だったら俺にも考えがある。君が出て行くのはまだ先にしようと、そうしたいと思い続けるようにすればいいわけだ」
 言葉に続く口づけを、ユニカは静かに受け容れた。
 ユニカが立ち去る時期について悩むまでは、まだしばらく時間があるだろう。それまでは何も考えまい。ディルクの言うとおり、ただそばにいよう。


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