天槍のユニカ



幕間―3―(5)

 ナタリエの声音は穏やかだったが、エリュゼの肩に手を添えて言う医官の目はしんと冷えている。
 具体的にどうすると言われたわけではない。けれども王家には望まれない命がある。
 想像したくもなかったが、万が一≠思い浮かべた時、エリュゼは自分がどういう行動に走るかを脳裡に見た気がした。
「陛下が、どうしても殿下とユニカ様の間の御子を望まれないというなら、殿下やユニカ様に憎まれてでも、わたくしがその御子をお連れしてお城を離れます」
 それはナタリエの心に適った答えだったのか、彼女はにわかに相好を崩した。
「お若いのに結構な心意気です。ただ、そうはならない方にわたくしは賭けます。陛下がわたくしを侍医にすることを許したのは、必ずしもお二人の間に生まれる子を認めないというわけではないからでしょう。いや、まだ迷っておられるくらいでしょうかな。公人としては、殿下のお子は王位を継承できる正当な王子であって欲しい。しかし殿下のことは身内として愛しているし、ユニカ様のことも王妃様の形見として大切なのでしょう。お二人にはお二人の望む形で幸せになってもらいたい、それを許してあげたい。多分そんなことを考えて悶々としておいでのはずです」
 宮の出口へたどり着くと、ナタリエは立ち止まって見送りはここまででよいと言った。日よけの帽子を被り初夏の太陽の下を颯爽と歩き出す前に、王のことをよく知る貴婦人はもう一度だけ振り返った。
「陛下は仏頂面でも愛の深い男ですから、きっと一番多くの人が幸せになれる道を一生懸命探してくださるでしょうよ。どうぞご心配なさらずに」
 

     * * *

 多忙な医官がさっさと王城を降り始めた時、ディルクは長椅子に寝そべってこれ以上ないほどくつろいでいた。
「臣下の前でこんなにだらしない格好を見せてもいいの?」
 脚を枕にされているユニカは、手の置き場に困った末にディルクの髪をさらさらと撫でていた。
「ヘルツォーク女子爵は王族の私生活になんて興味を持っていないよ。表の仕事さえしっかりこなしていれば見放されたりはしないだろう」
 そうだろうか。去り際のナタリエはずいぶん呆れた顔をしていたようだが。
 かの医官にどう思われたかを気にしていないディルクは、うっとりと目をつむりながら続けた。
「それに、王太子を籠絡する方法があると知れた方が、隙がなさ過ぎる世継ぎを相手にするより皆の気が緩むだろう。その俺の心を掴んでいるのがユニカだと分かれば君への扱いも丁寧になるだろうし――もちろん、そんな計算のためだけに戻ってきているわけじゃないが」

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