幕間―3―(2)
「王太子殿下は、ユニカ様に男の医官を付けるのは嫌だとおっしゃったのです。となると、この王都アマリアですぐにユニカ様の侍医になれるのはわたくししかおりません」
「な――」
そんな理由で超多忙なナタリエを召し出したのか! ユニカは呆れるやら驚くやらで言葉を失ったが、ナタリエがずっと笑いを堪えているのでだんだん恥ずかしくなってきた。
「あの、そんな程度の理由でしたらお断りくださっても結構です。本来のお勤めのほうがずっと大切です」
耳まで熱くなっていて、出来れば顔を隠したい。しかし王の直臣で養父や王妃が敬意を払っていた相手にユニカも目一杯の敬意を払うため、うつむいたり隠れたりはしなかった。
必死なユニカの様子がまた可笑しかったらしく、女医官は堪えきれずに肩を震わせている。
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。殿下のご希望は単なる嫉妬心からくるばかりのものでもありませんぞ。ユニカ様の事情をよく知っている医官も、わたくしだけです。そのあたりの殿下のご配慮を酌んで差し上げてはいかがか?」
鳥の羽で背中をくすぐられているような顔をしながらナタリエは言った。ユニカははっと息を呑む。
確かにそうだった。天槍の娘≠フ異能について噂でしか知らないただの医官達がまともにユニカの相手を出来るとは思えない。恐れたり奇異の目を向けたり、実害はなくてもユニカは不快な思いをすることになるだろう。
ナタリエはユニカの異能を知った上で気にしていないし、――もしかすると医術の研究者として多少の興味を持っているかも知れないが――ユニカの立場にだって別にこだわっていない。何よりユニカが知人≠ニして受け入れている相手だ。
定期的に身体を診られるならナタリエがいいに決まっている。
「わたくしとしても、こうして女の医官が必要だと思われる場面が増えることは大変嬉しゅうございます。さて残る問題は、ユニカ様もご承知の通りわたくしの時間の融通があまり利かぬということ。本来ならば毎日の問診を行うところなのですが、ユニカ様はご丈夫でいらっしゃるゆえ、わたくしがこちらに参るのは五日に一度とさせていただきたい」
ディルクの気遣いにも、それを快く担ってくれたナタリエにも感謝しながらユニカは頷いた。――のだが。
「それでは困ります。きちんと毎日ユニカを診ていただかねば」
やけにのんびりとした口調で言いながらこの宮の主が割り込んできた。昼間は職務に精励しているはずの王太子殿下の出現にヘルツォーク女子爵はちょっと驚いたようだが、動じるまでには至らない。王宮の中では新参者のディルクが生意気なことを言っても少しも痒くないと、どこか不敵な笑みを浮かべた。
「お言葉ですが、殿下。大学院で教鞭を執ることも施療院で治療に当たることも、わたくしの正式な職務と認められております。その上殿下のご寵姫の侍医まで……というのはいくらなんでも無茶だと陛下もお認めくださっていること。それでもどうにか時間を割いて殿下のご希望を叶えようとしているのは我々の厚意≠ナす。甘えるのは大概になさい」
笑いながらとはいえ、ナタリエはずいぶん厳しい言葉を投げつけた。緊張したのはむしろユニカの方だったが、ディルクはいたずら坊主の顔で古参の臣下に笑い返し、ユニカが座っていた長椅子の後ろからユニカの髪を弄ぶ。
- 1193 -
[しおりをはさむ]