天槍のユニカ



幕間―3―(1)

幕間―3―
 

 ユニカの暮らしが王太子の宮へ移ってから十日目。初めての客人が訪ねてきた。医官のヘルツォーク女子爵である。
 王家の大学院で教鞭を執る傍ら、施療院にも詰める多忙な彼女がわざわざやって来たことにユニカは驚き、女子爵の用件を聞いて更に驚いた。
「ナタリエ様が私の侍医に、ですか?」
「さよう。本日付けで着任いたしますゆえ、ご挨拶に参りました」
 亡き養父の学問の師であり、亡き王妃の思想の師である女医官はにっこりと笑いながら頷いた。
 施療院で見かける時はいつも尼のように飾り気のない服を着ていたが、爵位を持つ王の臣下として然るべき格好をしてきたナタリエは華やかな装いもよく似合っている。男のような口調もあいまって迫力さえ感じるほどだ。
 ただ、それが威圧感ではなく大樹を見上げる時に感じるような頼もしさと憧れに繋がるものだから、王妃がこの人を手本にしていたのも頷ける気がした。
 そんな王の直臣を前にユニカは苦笑する。
「必要ない気がしますが……」
 ユニカは病にもかからないし、剣で刺されても簡単には死なない。ナタリエはそのことを知っているはずだ。
「そうおっしゃるだろうとは思いました。しかしながら、お世継ぎと生活をともにするお妃やご寵姫のご健康に気を配られるのは当然のこと。ユニカ様にとって医師が無用のものだとはわたくしも存じておりますが、ここはそのしきたりにお付き合い願いたい」
 そういうしきたりをはね除けてしまうのは簡単だ。だが、結婚もしていない王太子が曰く付きの娘をそばに置くだけで十分異例。この上「異例」を重ねればディルクに迷惑がかかるかも知れない。
 その意味で医官をつけられることを無理に拒む気はないものの、ユニカはほかに気がかりがあった。
「お断りしたいわけではなくて、その、ナタリエ様のお忙しさが心配です。私のほかにナタリエ様のことを必要としている方々が大勢いるはずですし……」
「お心遣い、ありがたく存じます。正直なところわたくしも進んでこの任を引き受けたかったわけではないのですが……王太子殿下のご希望に叶う医官がわたくししかおりませんでしたゆえ」
 正直に乗り気ではなかったと言ってくれるあたり、ユニカはこの貴婦人が好きだった。多分、養父もこの人の忖度しないところを信頼していたのだろうと思う。
「殿下のご希望?」
 ユニカが医官を断らなくても、ディルクが何やらわがままを通したらしい。王やナタリエに迷惑をかけていなければいいのだが――不安げに眉を顰めるユニカを見て、ナタリエはなぜかくつくつと笑い出した。

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