天槍のユニカ



幕間―3―(3)

「冗談です。無理なお願いだとは私も承知しています。受けていただいて感謝もしています。ただ、女子爵はユニカにとってもよい教師になるでしょう。いらした時にはなんでも話をしてやってください。施療院のことでも、王妃様のことでも」
「わたくしは診察に来るのですがね……ところで殿下は、忙しいわたくしと違ってお暇でいらっしゃるのですか。こんな時間にご寵姫と戯れにいらっしゃるなど」
「午後からの仕事に備えて英気を養いに来ただけです。お話が済んだのならユニカを返していただいてもよろしいですか」
 髪を梳いていたディルクの手はいつの間にかユニカの耳朶をくすぐるように撫で、頬に添えられ、物欲しそうに唇をさすってきた。ユニカはたまらず払いのける。お客様の前でなんてことをするのかと睨みつけても、ディルクは嬉しそうにするだけだ。
 その様子にナタリエも呆れはてたらしく、彼女は肩を竦めて頷いた。
「ええ、どうぞ」
「ありがとう。いずれ女子爵の講義を聴きに大学院へも顔を出します」
 ナタリエは好きにしろと言わんばかりにひらひらと手を振って立ち上がった。
 見送ろうと思ったがディルクに引き留められてしまったので、そばに控えていたディディエンにエリュゼに見送りをお願いするよう頼む。
 応接間から客も侍女も消えると、それまで背後からユニカにちょっかいを出していたディルクが満を持して隣にやって来た。そして昨日や一昨日と同じように膝枕を要求してくる。
 逆らうつもりのないユニカだったが、溜め息をもらさずにはいられなかった。


* * *

 エリュゼは今回もユニカの引っ越しの指揮を執っていた。ユニカが自分で「持っていく」と言ったものは亡き王妃に買ってもらったお気に入りの長椅子と事典入りの書棚、裁縫道具といくらかのアクセサリー、ゼートレーネの女達が作ってくれた田舎風のドレスと、養父の形見だけ。ユニカが興味を持っている自分の所持品は、たったそれだけなのだ。
 もちろんそれでユニカの生活が成り立つはずはなく、残りの必要なもの、不要になったものはエリュゼが人を使って整理し、東の宮に用意されたユニカの部屋に運び入れていた。
 十日目の今日もその作業は終わっていない。エリュゼ自身もせっせと荷物を運んでユニカの部屋を片付けていたところへ、ヘルツォーク女子爵のお見送りの仕事がさらに舞い込んできた。
 国王陛下と長い付き合いの医官が来てくれることは知っていたので、エリュゼは喜んで彼女を見送りに出た。
「ユニカ様はどうなさったの?」
 呼びに来たディディエンにこっそりと尋ねたところ、それが聞こえたらしいナタリエが代わりに答える。
「王太子殿下の英気を養うのにお忙しいようで」

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