天槍のユニカ



幕間―2―(3)

     * * *


 すうすうと規則正しく響く寝息を聞きながらユニカの額に鼻先を擦りつけ、ディルクは無防備で柔らかい身体を抱き寄せた。
 しっとりと、ひんやりとしているユニカの髪が好きだった。赤くなるとすぐに分かる白い肌も、月夜の空のような深い青色の目の色も、まだ少しだけぎこちなさの残る笑い方も。
 そして眠るユニカの体温は虚ろで冷たい憎しみを鎮めてくれた。彼女が常にまとっている不思議な香りも心地よくディルクの意識を慰撫する、ディルクの心のささくれを癒してくれる。ユニカはやはり、天上から落ちてきた救療(くりょう)の女神ユーニキアなのではないだろうか。
 少しの間、自分でもくすりと笑いたくなるような想像で心が安らぐのに任せたあと、闇の中で目を開く。
 復讐は怖くない。そんなものを望んでいる己の愚かしさもとうに受け入れている。
 ディルクはそれだけのために命を燃やし尽くしてもよいと思ってエイルリヒの誘いに乗った。そんな自分にとって、ユニカを抱いている時に感じる温かな想いは禁断の甘さだった。
 張り詰めていたものが緩みそうになるのだ。凝っていたものが溶け出そうとする。
 胸のどことも知れぬ場所に鈍い痛みを感じ、慌ててそれを封じ込める。半ば縋りつくようによい香りがするユニカの髪に顔を埋めた。
 ユニカをそばに置くために王の条件を呑まざるを得なかったが、いざ公妃の生命が尽きる場に居合わせたとしても、自分は何もしないだろう。
 あの女に奪われたままで終わらせはしない。
 もう二度と、誰にも、何も奪われたりはしない。
 そうして何もかもを清算すればきっと、自分もユニカのように――

 己の中で火花を散らす混沌から目を背け、ディルクは再び微睡に身を任せた。






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