天槍のユニカ



幕間―2―(2)

「承知しております」
 そう言われるであろうことは分かっていたので、ディルクは従容と頭を垂れた。自分が頼んだのはユニカをそばに置くこと≠ヨの許可である。これ以上要求を大きくするつもりはディルクにもまだなかった。
「妃にせねばならぬと言ってみてはどうだ。それとも、そなたはこのままユニカを愛人として囲うつもりか」
「私がそのように頑として譲らなければ、陛下はユニカを私の手もブルシーク家の手も届かぬどこかへやってしまうおつもりでしょう。それに、今のユニカ≠ェ王太子妃として貴族達に承認されるとは私も思っておりません。しかし何年経っても私の隣にいるのはユニカだけです。今はそうとだけ申し上げておきます」
「可愛げのない」
 言葉こそ冷たいものの、王の視線は妙に生ぬるかった。これは少し意外だ。王の方こそ、ユニカを妃にすることは絶対に認めないと言う気がしていたからだ。
 ディルクが思っているよりずっと甘い部分を垣間見せた王は、それを隠すように二つ目の条件を告げる。
「もう一つは、公妃の命だけは救うよう尽力することだ」
 一つ目の条件はさしたる問題にはならなかったが、二つ目を聞いた時、ディルクは苦々しく目許を歪めずにはいられなかった。
「――陛下の妹御でいらっしゃるからですか」
「それもある。だが、ハイデマリーはすでに大公家の人間だ。家中の罪人を裁く権利は大公にあるだろう。公妃が事実、他国に自国の安全を売り渡している明らかな罪があるというなら、その処罰に口を出すつもりはない」
「では、いったい何のための条件なのです」
「そなたのためだ」
 ディルクは何も返せなかった。
 公妃の生命はディルクの人生に一滴の光ももたらさない。そのことがまだ王には伝わっていないのだろうか。公妃を生かすことの何がディルクのためになるのか。
 不快なあまり問い返すことも出来ず、結果、撫然として口をつぐむディルクを王は静かな視線で見上げた。
「親殺しに加担などしてはならぬ」
 短い忠告にこもっていたものを、ディルクは辛うじて感じ取る。
 王は案じてくれているのだ。ほかならぬ母親の返り血を浴びることになるディルクを。
 それでも、自分の源の亡びを望みながら生きていることの方が、ディルクにとってはよほど強い呪縛だった。そして、望んでしまうのはあの女が生きているからだ。

 離れて暮らしていた伯父には分からない。こんなに虚しい憎悪から早く解放されたいという気持ちなど。



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