天槍のユニカ



雲の向こう(14)

     * * *

 ユニカより一日早くエルメンヒルデ城に戻っていたディルクは、昨日に引き続き溜まっていた仕事を処理するために机にかじりついていた。いくら説明を聞いて決裁していっても、彼の帰城を待ちわびていた部下や官僚達が次々と新しい仕事を持ってくる。
 たったひと月留守にしただけだというのに。やはり、早く事務方の副官も決めて職務を代行させられるようにしなくてはいけない。
 どの時点から必殺「よきに計らえ」を使おうか考えつつ、何十件目になるか分からない署名を書き殴って、ふと出来た思考の隙間に溜め息をついた。
 昨日、城へ戻ってすぐに王へ帰着の挨拶をした。彼も忙しいようだったので、本当に帰ってきたことを報告しただけである。改めて王太子領の常備軍の状況諸々を報告に行った時、ゼートレーネにいた理由も問い糾されるだろう。
 それは構わない。ユニカを自分の宮へ迎えたいと、正直に申し出るまでだ。出来ればエルツェ公爵の助力が欲しいところだが、あいにく公爵はまだアマリアへ戻っておらず相談できないところが苦しいが。そして、当のユニカがそれを受け入れてくれるかどうか――。
 勝算が不確かな戦いを前にして自嘲する王太子を、書類を受け取った官吏が怪訝そうに見て去って行く。
 考えてもディルクが有利か不利かは変わらない。変わらなくても考えてしまうので、山とある仕事を切り崩していく方が気が楽かも知れない。
 久しぶりにディルクの世話を出来ることが嬉しいらしいカミル――どうやら、ディルクがゼートレーネにも滞在していることを喋ってしまった張本人――が持ってきたお茶で口を湿らせ、次の案件に取りかかろうとした時だった。
 先の官吏と入れ違いに入ってきたのはクリスティアンだった。
 ディルクは思わずペンを置いて立ち上がる。
「戻ったか」
「はい。ユニカ様を無事エルツェ家のお屋敷に≠ィ送りしました」
 淡々と任務の報告を行う騎士を無言で見詰めたあと、ディルクは静かに座り直した。
「カミル、しばらく外してくれ。テナ侯爵からの報告を聞く」
 侍従が出て行ったあともなかなか口を開かなかったディルクは、ようやく顔を上げてクリスティアンを睨みつける。
「私に向かってそのような顔をされましても」
「分かってる。分かっているが……ユニカは、俺のところへ来るつもりがないということなんだな……」

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