雲の向こう(15)
「正確を期するならば、『今のままでは』とのことです」
「どういう意味だ?」
「陛下のお許しなしには、王太子殿下のところへ行くわけにはいかない、とおっしゃっていました」
ディルクは数度瞬きながら呆け、我に返っては力なく笑った。
「ユニカが、そんなことを心配してたのか」
正直、思いも寄らぬことだった。ユニカが気にしているのは自分が『天槍の娘』であることや、エルツェ家の養女に過ぎないことだと思っていたので。もちろん根底にあるのはその問題だろうが……。
拒まれたわけではないと知って想像以上に安堵している己に呆れつつ、驚きもしていた。王の意向を気にするのは、彼女がディルクの立場を案じてくれている証拠だった。
「そこまで気を回せる子ではないと思っていたのは、見くびり過ぎだったかな」
「ええ」
クリスティアンににっこりと笑いながら言われては、もう返す言葉がなかった。
既成事実があることを盾に押し切ろうと、それにはエルツェ公爵の助けがあればなんとかなるだろうと考えていたことを、ディルクは素直に反省した。
冷静に考えれば危険すぎる。
例えばユニカが、エルツェ家といわずただの下級貴族の娘であれば、愛妾の一人として召し抱えるくらいはいくらでもディルクが自由に出来ただろう。二人の正妃を喪いながら再婚も考えず側女の一人も寄せ付けないような王には、もちろんいい顔をされなかったと思うが、それくらいはディルクに与えられた裁量の範囲で決められる。
今回のことも状況としては同じだった。王太子がただ気に入った女を側に迎えるだけ。いずれ正式な妃にと目論んでいることは、今はまだ問題ではない。
しかし、ユニカと王の間にあるもつれきったある種の絆は、本来なら無視できないほど強固なもので、先にそれを解いてかかるべきだった。
やっと手が届いたユニカをなにがなんでも自分の懐の裡にしまいたい。そう焦りすぎていたらしい。
「不服でいらっしゃいますか」
「少しな。今日にでもユニカに会えるつもりでいたから……まだ何日か触れそうにないと思うと気が変になりそうだ」
半分本気でそう言うと、クリスティアンは呆れた顔をするだけで笑いもしてくれなかった。
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