天槍のユニカ



雲の向こう(12)

 相変わらず真正面に向かってそう言い捨てたエリーアスも十分に気まずそうだったが、そこまで明かすつもりもなかったユニカもどうしてよいか分からなくなった。ひたすら恥ずかしく、耳まで熱くなってくるのを隠すことも出来ずに縮こまっていると、エリアーアスはまたもや立ち上がった。さっきと同じようにぐるぐると女神の周りを歩き、今度はなかなか戻ってこない。
「俺は確かに反対しないと言った、言ったけどな、たったひと月でそこまでことが進むなんて心の準備はしてなかったぞ」
「ごめんなさい……」
 ぐるぐると歩きながらもユニカのか細い声を拾い、エリーアスは立ち止まる。こちらを振り返った顔には様々な感情が入り交じって困惑しているのが分かったので、ユニカはますますうなだれた。
「ユニカが謝ることじゃない。悪かった、びっくりしただけだよ」
 芝を踏む足音が近づいてきて、それが目の前で止まった直後にはそっと頭を抱き寄せられていた。久しぶりにかいだ香木の香りが懐かしくて、優しい声にユニカは安堵しながら頷く。
「無理に迫られたわけじゃ、ないんだよな……」
 エリーアスが心配する理由にも心当たりはあったので、それははっきりさせておかねばならないと思いユニカは懸命に首を振った。
 すり寄ってくるディルクのことが愛おしく、あの時は互いに抱きしめ合わねばならないとすら思ったから身を委ねたのだ。
 首を振って否定すること以外に何も出来ないユニカの頭を放すと、エリーアスは呆れ笑いと力の抜けた溜め息をもらした。
「それで、王太子のところへ行くのか」
「……行かないわ」
 ユニカは指にはまった矢車菊を撫で、それを抱くように左手を胸に引き寄せて目を伏せる。
 ユニカがそう言っても、エリーアスは驚かなかった。彼もそれが正しいと思っているのだろう。
 エリーアスがひどく驚いたように、ディルクの周囲の人々はむしろもっと驚くだろう。
 そして、王はそんな騒ぎを認めまい。そんな騒ぎを起こしたディルクをどんな目で見るか。
 だからこのまま城へ帰ることは出来ない。

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