天槍のユニカ



雲の向こう(11)

「殿下の予定もよく知ってるのね……」
「いろいろと情報を寄越してくれる知り合いがそれなりにいるからな。ついでにシヴィロ全土の地図も俺の頭には入ってる。ゼートレーネがある木苺高地は、王太子領からも近かったなぁ」
 そこまで言われては、ディルクが王太子領とゼートレーネを行き来していたことがエリーアスには想像できていると、嫌でも分かる。ユニカはごまかすことを諦めたが、さりとて話の緒が見つけられずただそわそわと視線を泳がせた。
「で? 王太子は何をしにお前の領地に出入りしてたんだ?」
「何を、って……一緒にあたりを散策したり、食事をしたり、」
 この際エリーアスの問いかけも事情を説明するための助け船だと思ったが、思い出すほどにあまり詳しくは言えなくなった。膝枕をして貰ったり、はたまたそのお膝の上に載せられてされるがままにくっついていたり。
 左手の中指にはまった矢車菊の指輪を撫でる。それらの頬が熱くなるような、幸せな思い出とともに。
「のんびりしていただけで、楽しかったわ。殿下の宮で暮らして欲しいと言われて、今はちょっと困っているのだけど……」
 何もかも省いても、もしかしたらエリーアスは気づくかも知れない。ユニカにとって、ディルクはやはり特別な存在になり得たこと、ユニカもそれを認めたこと。
 そんな期待をこめて恐る恐るエリーアスの表情を窺うと、彼は唖然として目を瞠っていた。
「東の宮で暮らせって?」
 その問いにユニカが頷くと、エリーアスは夾竹桃の花々を見上げ、次いでぐしゃぐしゃと前髪を掻き回した。そして立ち上がり、一番近くにあった大地の女神メトラニアの像の周りを腕を組みながら二周して、再びユニカの隣に戻ってくる。さっきより心持ち近くに座ったエリーアスは庭園の芝を睨みつけながら唸るように言った。
「それはつまり……お前、向こうで王太子と相応に親密になったってことか」
 ぱちくりと大きく瞬くわずかな時間の間に、ユニカはエリーアスが言う「親密」の意味を悟ってぐっと息を呑んだ。
「ど、どうしてそんなこと……」
「王族が正式な結婚相手でもない女を傍に召し上げる理由はそれくらいしかないからだよ……」

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