天槍のユニカ



雲の向こう(10)

 パウルやエリーアスに話を聞いて貰うのが楽しくて何も考えずにゼートレーネでの出来事を語っていたことに、ユニカは今さら気づいた。本当だ、ユニカの領地に、自分の領地を訪ね、ウゼロ公国との行軍訓練に行ったはずのディルクがいるのはおかしい。
「エリュゼ、悪いが少し待っててくれ。ユニカはちょっと来い」
 馬車はすでに出入り口の傍に到着していたが、エリーアスはためらいなくもと来た道を戻り始めた。ユニカは冷や汗をかきながらその背に従う。
 ディルクのことを、何をどこまで説明したらいいのか、まだ気持ちの整理が出来ていないのに。
 再び教会堂の中へ消えていくユニカに気がつき、さりげなくあとを追おうとしていたクリスティアンの行く手をエリュゼが阻む。
「大丈夫ですわ」
「しかし、」
 クリスティアンの頭によぎっているのは、ユニカの傍に騎士が誰もいない状況をつくってしまい王太子に叱責されたことだろう。もちろん、自分が叱責されることではなくユニカに何かあることを心配しているのが彼の顔を見れば分かったが。
 エリュゼは微笑みながらなおもクリスティアンを止めた。
「エリーアス伝師はユニカ様にとってご家族同然の方ですもの。ユニカ様のことを案じてきた日々の長さは、王太子殿下などには敵わないほどなのですから」
「そうですか。では……」
 なんとなく挑戦的なエリュゼの言いように苦笑しつつ、クリスティアンは二人の背中を見送った。



 エリーアスは近くの庭へ降りていった。大聖堂のすぐ傍、人々に見られることを意識して造られた、整然とした美しい庭だ。女神達の彫像が並び、芝が敷き詰められた庭の四隅には、大霊祭がある夏に盛りを迎える夾竹桃(オレアンダー)が白や薄紅の花を咲かせて匂っている。
 エリーアスはその豊かな枝葉がつくった陰にある階(きざはし)に座り、隣を叩いてユニカに座るよう促した。
「なんで王太子がゼートレーネにいるんだ。あいつは自分の直轄領でやる軍事演習の指揮を執りに行ってたはずだろう」

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