天槍のユニカ



雲の向こう(9)

 師弟の間では話が通じているらしいが、ユニカにはよく分からなかった。そもそもどうして急にエリーアスが導師になると言い出したのか。理由も気になれば、歳の離れた兄のように慕ってきた彼が養父と同じものになろうとしているのがわけもなく嬉しかった。
 パウルに追い詰められて顔をしかめていたエリーアスは、ユニカの期待に満ちた目を見てがっくりと肩を落とした。
「いいから早く土産を寄越せよ」
 とにかく話を聞いてみたかったので、ユニカは喜んでゼートレーネから持ち帰った木苺の酒と苺のジャムを差し出した。



 生まれも育ちもビーレ領邦であるパウルが面白がって上手く話を聞き出してくれたことも手伝い、ユニカの旅の話は弾んだ。ところが、エリーアスが導師になろうとしている理由については「大人の事情」の一点張りで聞かせて貰えず、今後いくつかの試験を経て彼は導師になれる――かも知れないということだけが分かった。
 会談を終えて発とうとするユニカを見送るためについてきたエリーアスは、秘密にされることが不満そうにむくれている彼女の横顔を見て肩をすくめた。
「お前、本当にユニカか?」
「どういう意味?」
「いや、ユニカだよな。だけどちびだった頃のユニカだ」
 意味が分からず、ユニカは歩きながらエリーアスをじろりと睨む。
「そのむくれた顔も、さっきパウル様と喋ってた時の顔も、昔よく見た顔だ」
 彼はそんなユニカの視線を遮るように頭を撫でてきた。それでようやく彼が言わんとしていることに気づき、尖らせていた唇がほどけてしまった。
「私が笑っていると、やっぱり変かしら」
「なんでだよ。その方がいいに決まってるだろ」
 エリーアスの手が離れていっても、胸のあたりがくすぐったくて顔を上げられない。
 ところが、次に言われた言葉には背筋が凍りそうになった。
「そういえば、なんでゼートレーネの話に王太子が出てきたんだ?」
「それ、は」
 エリーアスにとっては素朴な疑問だったのだろうが、人の表情から心を読むことに長けた彼が、表情を取り繕うのが下手なユニカの目に走った動揺を見逃すはずがない。最初の一言を言いよどんだユニカを見るエリーアスの視線に剣呑なものがにじみ出る。

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