天槍のユニカ



雲の向こう(8)

「一大決心をしたようで。今頃フィオン導師の講義を受講中ですが、ユニカ様のお帰りを知らせたのでじきに飛んで戻ってくるでしょう」
 事情を飲み込めず、ユニカはただ大きく瞬いた。
 ずっと昔、養父が「エリーは祝詞をろくに覚えていない」と嘆いていたことがあり、エリーアスは「あんなもの覚えた傍から忘れてく」と僧侶にあるまじきことを言っていたのを思い出した。座学が嫌いで仕方なかったという彼が、勉強。
「一大決心て……」
「さて、どうしましょうかねぇ。あまり人に言いふらさないでくれと言われているのですが、ユニカ様になら……」
「だめですよ、パウル様。言っておいて落ちたら格好悪いじゃないですか」
 パウルがそう言いさすのより、扉の開く方がわずかに早かったらしい。噂通り駆けつけたエリーアスにはユニカ達の会話が聞こえていたらしく、むっつりしながら入ってきた彼は師父とユニカの話を遮った。
「落ちないように勉強するのが先であろうに」
「してますよ。けど俺だってもう三十を過ぎてるんです。そうなんでもかんでも覚えられる歳じゃないんですから」
「落ちるって、どこかへ登るの?」
 エリーアスは嫌いな座学のあとでさも肩が凝ったと言いたげに首を回しながら席へ落ち着こうとする。そんな彼にユニカが尋ねると、訊かれた本人がきょとんとする一方、パウルとフォルカがたまらず噴き出していた。
「エリーアス、心配を掛けぬようにユニカ様には言っておいてはどうだね。導師になるつもりだと」
「もうパウル様が言ってるじゃないですか」
 苦々しい顔で吐き捨てたエリーアスが目を眇めてユニカを窺う。その時自分がどれほど目を輝かせていたかユニカは知らない。エリーアスはますます苦いものを食べたような顔で頭を掻いた。
「エリー、導師様になるの?」
「そういう顔をされる気がしたから先に言いたくなかったんだよ」
「どうして?」
「なってもないのにそういう顔をされると……」
「退くに退けなくなってしまったね、エリーアス。頑張ることだよ。子供の頃に学び損ねたことを今からでもきちんと身につけなさい」

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