天槍のユニカ



余韻(3)

「どういう意味です?」
「エイルリヒが死に、大公家に跡継ぎがいなくなれば、公国の政権は一時的に王家に集約される。王国と公国、両方を統べる玉座に、私を据えようとしたのではありませんか?」
「は……?」
「あなたは、私のお祖母さまですから=v
 女侯爵の肩の震えが止まった。凍りついた彼女は扇子を取り落としたようだ。かつん、と軽く虚しい音が響いた。
「女侯は抹消されたはずのこの事実をもって私に近づくおつもりでしたね。でなければ母のことを口に上すはずがない。そして女侯、あなたは建国当初からシヴィロ王家に仕える名家の当主……反公国の代表に成り得るお方だ。大公家に生まれ王家を継ぐ私が玉座に座る時こそ、公国を廃する絶好の機会。大公家がなくなれば、あなたははばかりなく王家の外戚になれたでしょうからね。そうお考えだったのでは?」
「なんと……なんと恐ろしいことをおっしゃいます。いやしくも国王陛下にお仕えするこの身、かつて王家がお決めになった国のありようを覆そうなどと、考えたこともございませぬ」
 女侯爵は、半ば呆然としながらそう言った。
 ディルクが笑みの下に隠している心を読み取ろうと、しかしそれに気がつきたくないと、ジレンマに陥りながらも彼女は力一杯ディルクを睨んだ。
 ブリュック女侯爵に公国を廃そうという考えはないが、一部の旧い貴族の間に王家統一を叫ぶ者がいることは確かで、ブリュック侯爵家も数代前にはその派閥の一員であったことはある。
 しかし、女侯爵は夫であった先代のブリュック侯爵に嫁いだにすぎないし、二十代で家督を継いでからは王家に仕えることのみに心を砕いてきた。
 しかも、その意気がゆきすぎて二十年ほど前に中央の政界を追われてからは、どの派閥との繋がりも失ってしまったのだ。
 大貴族とはいえ、今や太守権だけが頼みの綱。大がかりな政略などめぐらす力はない。
 だからせめてディルクとの縁に頼りに、もう一度王家との関係を築き、政界へ復帰したいという思いは強く持っていた。大公の長子、今は王太子であるディルクとの間に血の繋がりがある≠アとを利用するつもりは大いにあった。
 それを、この王太子はひどく不愉快に思っている――それゆえ彼は一気に女侯爵を遠ざけようとしているのだ。

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