天槍のユニカ



余韻(2)

「あの葡萄酒とジュースですが、確認したところ、届け出をいただいていないものでしたね」
「あ、はい……」
 ディルクの問いかけに、女侯爵は肩をすくめながら頷いた。
「当日持参する贈りもの、特に昼食会で振る舞っていただける土産ものについては、すべて事前に目録を揃え提出するようお願いしていたはずですが」
 ディルクや王の目に留まろうと、今日の宴に出席した貴族の多くは数々の貢ぎものを揃えていた。宝飾品、工芸品だけでなく、領地特産の珍しい食べものもある。
 不幸な事故≠防ぐため、昼食会でそれらを饗する前に食材を調べる必要があった。ゆえに持ち込むものはすべて届け出るよう通達してあったのだが、その通達を無視した女侯爵の土産が事故≠引き起こしてしまったのだから、どのような言い訳もたつはずがない。
「昨晩、急に思い立ったことでしたので……」
「それでは言い訳になりません。他家からは今朝方に届け出をいただいた品物も多くあります。一度厨房へ持ち込みながら、なぜその場で申告してくださらないのです。そこで毒の混入の有無を調べられれば、あなたに疑いがかかることもなかったものを」
「……疑い?」
「女侯が、エイルリヒに毒を含ませ、殺害を図ったのでは、と」
 ディルクの冷淡な台詞に、年相応に覇気のなかった女侯爵の目がぎらりとした光を取り戻した。憤りの光である。
「なんと短絡的なお考えを! 自身が持ち込んだ土産ものが原因で人が亡くなれば、ましてその原因が毒であれば、持ち込んだ者は真っ先に疑われましょう。そのような危険で間の抜けた方法をとる者はおりませぬ!」
 暗に「自分ならもっと上手くやる」と叫び、彼女はぶるぶると肩を震わせる。
 感情をあらわに怒る大貴族の当主を冷ややかに睥睨し、ディルクは肘掛けに頬杖をついてくすりと笑った。その尊大な態度が老いた女傑の神経を逆撫でするのを分かっていて、あえてそうする。
 欲深く、その欲を満たすための賢さを備えた女は最悪だ。驕気盛んなまま年老いたりするともっと手に負えない。それを具現化したような女が、このかつての女傑だ。
 そう思いながら、ディルクは歪ませていた唇をおもむろに開いた。
「殺害だけが目的ならば疑われてもよかったのでは? 毒を入れたのは召使いということにでもすればよい。どのみち女侯は何らかの責任を取ることになるでしょうが、それ以上の利益があれば」

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