
雲の向こう(7)
「花束を貰えるというのはいくつになっても嬉しいものですね。しかも女性から」
湖城の庭の花で作った花束を手渡すと、パウル大導主猊下ともあろう高僧は頬を染めて喜んでくれた。水分が抜けた分花の鮮やかさはやや色あせたものの、高地の可憐な山野草はそのほうが味が出てなかなかよい。
彼は次いで差し出されたジャムと桑(マルベリー)の酒を見てまた無邪気に笑う。花束を傍に控えていた少年僧に預け、黒くて甘酸っぱい酒が詰まった瓶を嬉しそうに撫でた。
「これで二年は寿命が延びました」
「それは嬉しいです。猊下が長生きしてくださると」
「お土産はもちろんですが、ユニカ様もご領地を気に入られたようで、私はそれが何より嬉しいのですよ」
まだ詳しい話は何もしていないのに、先ほどヘルツォーク女子爵に言われたのと同じようなことをパウルは言った。
「あの、なぜそのようにおっしゃるのですか? ヘルツォーク女子爵もそうおっしゃったのですが……」
「何も聞かなくとも分かりますとも。出発前とは見違えるように和らいだお顔をしていらっしゃる。ご領地が気に入らなかったのならそんなお顔はなさらないでしょう。エリーアスも驚くでしょうね」
パウルと一緒に隣に座っていたエリュゼも笑うので、ユニカは思わず自分の頬を触って確かめた。そんなに変わっただろうか。今朝鏡を見た時は何も変わっていないように思えたが。
それでも、ゼートレーネにはよい思い出しかないことは確かだ。
「お手紙にも書きましたが、穏やかで、村の人々もとてもよくしてくれたのです。景色もきれいで、食事も美味しくて、……そういえば、エリーはどうしたのですか?」
パウルと一緒に土産話を聞いて欲しかったのだが、導主の部屋を訪ねた時、そこにいたのは導主とエリーアスの弟子のフォルカだけだった。パウルの手足でもある彼が師父の代わりに出かけている可能性はなくはなかったが、いないのは残念だった。
土産話以外に、話したいことはたくさんあるのに。
「エリーアスはお勉強中です」
「お勉強?」
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