天槍のユニカ



雲の向こう(5)

「……エリュゼは、クリスティアンに言ったの?」
 純粋な疑問を口にすると、彼女の頬が薔薇色になるのがランプの灯りの中でも分かった。そして何かを堪えるように唇を引き結んだあと、エリュゼはつんとすました顔で答えた。
「侯爵のことは、まだそういうふうに思っているのか自分でもはっきり分かりませんもの。ですが、家を継ぐ者として必要とする伴侶という立場以上に彼のことを好ましいと思ったら、その時はきちんと言うでしょう」
「ずるいわ。自分がしたことのないことを私にしろだなんて」
 ユニカはむっとしながらエリュゼを睨んだが、それもほんのひと呼吸の間だった。二人はそろって笑い出す。
「ユニカ様、どうかもう、そんなことでご自分を苦しめないでください。大切なものを大切にすることが許されない人間など、この世にはいないのですから。ご自分の気持ちを、もっと大切にしてください。何か障害があるのだとしても、どうするか考えるのは、まずご自分のお気持ちを受け止めてからでよいではありませんか」
「そうね、でも……私の気持ちと引き換えにするには、王太子殿下の立場は大きすぎるのよ」
「殿下にはきっとお考えがあるはずですわ。だって、以前からユニカ様をお妃にしたいとおっしゃっていましたもの」
「それは……分かっているけど」
 幾度はねのけても引き下がらなかったディルクの求婚の証は、今夜もユニカの指を飾っている。重い存在だが、今では宝物だった。
 それを引き寄せるように左手を自分の胸に抱き、ユニカは目を閉じた。
「殿下には、自分の気持ち以上に大切にしなくてはいけないものがたくさんあるわ。私以上に、たくさん」
 かつてのユニカならこんなふうに揺れることはなかった。嫌だと思えばすぐに殻に閉じこもれば済んだ。それが、諦めと自分の想いの間で揺れている。
 エリュゼは、嫌なことに背を向けず悩むユニカが好きなだけ悩めるように、守りたいと思うのだった。そして、それはエリュゼにとって王太子に忠誠を尽くすよりもずっと大切なことである。
「お城へ戻らなくても済む方法があります」
 ユニカのためなら、この国の世継ぎを多少待たせても構わない。そう考えたので、エリュゼは何の後ろめたさもなく言うことが出来た。

- 1149 -


[しおりをはさむ]