天槍のユニカ



願いごと(10)

 寝る前になってないと気づいたのは、父から貰ったお気に入りの髪飾りだった。お気に入りでも酔って髪をまとめているのが煩わしくなると外してしまい、何度無くしかけたか分からない。今日も多分、ディルクと最後まで一緒に飲んでいたあのテーブルに置いてある。
「あんたこそ何しに来たの、ルウェル」
「俺も忘れものだよ」
 ルウェルは眠たげにあくびを一つ。広間を覗こうとするのはレオノーレが襟首を掴んで止めた。
「やめなさいよ。ディルクが気づいたらキレちゃうわよ。何を忘れたわけ?」
「剣。ディルクと飲んでたテーブルに立てかけてあると思う」
「あんた、ほんとにそれでも騎士?」
 剣は騎士にとって第三の腕とも言える相棒であるが、どうもルウェルはその大切な相棒にあまりこだわりがないらしい。レオノーレの髪飾りほどではないが、よく無くしかけたり折ったりして、彼らの育ての親である先代のテナ侯爵から散々注意されていた。
 それでも戦闘におけるルウェルのばかみたいな強さには一点の曇りもない。むしろ道具にこだわらない分、奪った武器でも味方が取り落とした武器でも使って確実に敵を殺傷する。一生ニヤニヤしているのではないかと思える普段のこの男からは想像出来ないかも知れないが。
「もー、言うなって。今の今までクリスにめちゃくちゃ怒られてたとこなんだから。見つけてこないと部屋に入れて貰えないんだぜ」
 ここでもルウェルの生活監督係として相部屋にされたクリスティアンの怖い顔が脳裡に浮かんだ。酒の強さは人並みな彼なので、恐らく今は多少感情の制御が緩んでいて、いつもより厳しくルウェルに当たったに違いない。
 そのルウェルはというと、しょんぼりもせずに再び広間を覗きこもうとする。
「やめなさいったら」
「剣があるか確かめるだけだって」
「そのニヤついた顔で言っても説得力がないのよ」
 これだけ近くでごそごそやっていたら、いつものディルクならとっくに気配に気づいているはずだ。ところが、ルウェルを引っ張り戻す際にちらりと見えた二人の様子は、お互いのことしか目に入っていないようだった。ディルクもなんだかしょげていたので、なおさら周囲への感度が鈍っているらしい。
 ルウェルとクリスティアンと四人で飲んでいる時には、ディルクは何も言おうとしなかった。きっとエイルリヒに何か言われたのだろうなと推測は出来たし、相変わらず二人の仲が険悪なことに内心溜め息が出る。

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