天槍のユニカ



願いごと(9)

「恐い?」
「……少し寒いだけよ」
 冷たい夜を裂くようなディルクの熱い溜め息が微笑とともに漏れ、首筋をかすめる。
 身体が傾き、背中にシーツの感触を覚えて、ユニカは目をつむった。
 恐くはないのに、わけもなく身体は震えている。それを宥めるように身体中を撫でていくディルクの掌――そして唇の温かさが切ないほど気持ちいい。
 たった一つの灯りに照らされたディルクの表情は、まだ苦しそうだった。
 そんな顔をしないで欲しかった。いつものどこか飄々とした明るい顔の方が似合っているもの。
 心配事があるなら抱きしめてあげたかった、悲しいのなら慰めてあげたかった。ディルクがそうしてくれたように、どんな形でも構わないから。
 炎の光を透かし、闇の中で燃えるように鮮やかに輝いている彼の髪に指を差し入れる。前にもこうやって彼を見上げていたことがあった気がする。
 そのまま青ざめているようにさえ見えた頬を撫でてあげると、ディルクはユニカの手に己の手を重ね、次いで掌に短いキスをしてきた。
 それは、無意識なのか意識しているのかは分からないが、ユニカを求める行為なのだろう。ユニカはディルクの手を解こうとはせず、代わりに互いの指を絡める。
 そうすると、ディルクの瞳にようやく柔らかな光が戻ったように見えた。
 彼は重ねた手をユニカの枕元に縫い止め、額をすり寄せてきた。
「愛してる」
 かすれたディルクの声が心の中に響いた。響いて、砂糖菓子のようにほろほろと崩れ、ユニカの身体中にしみ渡っていく。
 その言葉に応えたら、この世界がもっと愛しくなるだろうと、ユニカは思った。

* * *
 
「のぞき?」
 廊下の壁にもたれかかったまま足許を見つめていたレオノーレは、声を掛けられてようやく近づいていた陰に気づいた。
 近くの壁龕(へきがん)に置かれたランプの炎がかすかに揺れるのに合わせて、くだんの陰も小刻みに揺れている。逆光に翳っていたが、陰の主がニヤニヤと笑っているのは知っていた。
「違うわよ、忘れものを取りに来たら中のお二人がいい感じで入れないだけ」


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