天槍のユニカ



願いごと(8)

 ディルクは再び心臓を握られるような痛みを胸に覚えた。渦巻いた安堵と後ろめたさがあっという間に竜巻のように膨れ上がり、彼の腕を突き動かす。
 再びユニカを捕らえたディルクは、腕の中に閉じ込めた彼女が苦しくないように、硝子細工を抱えるような力で抱きしめる。
 復讐など関係ない手で、ユニカに触れたかった。しかし、エイルリヒの提案を受け入れたのはほかならぬ自分だ。
 この手が汚れていないはずがない、これから汚すことだって分かっている。それを知らないユニカを放さないのは、彼女を欺いているのと同じではないのか。
 それでも、このままユニカを手放すのは耐えがたいことだと思った。
 気が狂いそうなほどの愛しさとやましさに任せて唇を重ねる。二つの感情のせめぎ合いは激しかったが、いつか無理矢理奪い取ろうとした時のようにではなく、愛しさだけを差し出すように口づけた。
 ユニカの体温と感触は様々の思惑と感情の狭間にある現実で、真実だった。
 いないと思っていた雨雲がいつの間にか領主館の上空を覆ったらしい。二人を包むように霧雨が降ってくる。冷たいが優しく肌を撫でる雨滴が、ユニカの唇が熱を帯びてくるのを教えてくれる。
「俺の手の届くところにいてくれ。そうしたら、必ず俺が守るから」
 口づけの合間に吐息が交わる距離でそう囁くと、熱にうかされたようにとろけた目でユニカは頷いた。たったそれだけのことで、ディルクは決めることが出来た。
 言わなくても、言えなくても。
 この真実は大切に出来る、――してみせる。
 しっとりと濡れてしまったユニカの頬を両手でくるみながら、ディルクは唇を放した。
「中へ入ろう」


 領主の部屋の寝台には、村の女達が心をこめて織ってくれた素朴な花柄の絹織物が敷かれている。優しい風合いをユニカは気に入っていた。
 その寝台に腰掛けたまま、何度重ねては離したか分からない唇をまた重ねる。
 濡れた寝間着が剥がされると、夜の空気の冷たさがいっそう感じられた。
 気まぐれな雨はもうやんだらしい。窓の外が恐いほど静かで、自分達の息づかいと衣擦れの音のほかには何も聞こえなかった。
 寝間着が腰のあたりまで滑り落ちたとき、ユニカは震えた。

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