天槍のユニカ



余韻(1)

第7話 余韻


 優美な彫刻で飾られた扉を開くと、温かい空気と一緒に香水の匂いが頬を撫でた。
 椅子に座り、悄然とうなだれていたブリュック女侯爵がのろのろと顔を上げる。疲れ切って無表情なせいか、頬の肉が垂れ下がり十は老けたように見えた。
 しかし、やって来たのがディルクだと知るや否や彼女は椅子を蹴倒して立ち上がる。
「おお……殿下! 公子様のご容態はいかがでしょう!?」
 ディルクの進路をふさぐように跪き、彼女は王太子を仰ぎ見た。
「幸い、解毒には成功しました。まだ意識は戻りませんが」
 よい報せであるはずなのだが、ディルクの表情の剣呑さに女侯爵は安堵することが出来ない。
「女侯、どうぞお席へ」
 ディルクは微笑み、女侯爵に立ち上がるよう促した。
 差しのべられた手を取る女侯爵はディルクの目が少しも笑っていないことに気づく。かつて政界で権勢を振るっていた彼女の勘にぴりぴりと何かが刺さった。
 女侯爵を席に着かせたディルクは自身もその向かいに座り、ともに入室してきた近衛隊長から調書を受け取った。しばらく黙ってそれを読んでいたが、やがて視線だけを動かして女侯爵を見据える。
「自由に飲食する席だったとはいえ、私もエイルリヒも、そして女侯も、不用意でしたね」
「はい、はい。このような事態に相なり、大変申し訳なく……」
 女侯爵は膝の上で扇を握りしめ、額をテーブルに擦りつけんばかりに頭を下げる。ディルクは彼女の言葉には何も返さず、調書をテーブルの上に置いた。
 調書によれば、女侯爵は持参した葡萄酒とジュースをすぐに迎賓館の厨房へ持ち込み、デカンタへそれらを移し替えた。以降、二つのデカンタは氷水の入った樽に入れて、女侯爵が席を動くのと一緒に召使いがワゴンに乗せて引き回していたので、彼女の傍から離れることはなかったそうだ。
 この事実に嘘や誤りはあるまい。人目を離れることのなかった飲みものにいつどうやって毒を混ぜたのかは分からないが、この毒殺未遂はエイルリヒの自作自演だ。女侯爵はなんら後ろめたいところなく、彼女の真実を語っただろう。
 しかし、この老女を責める口実はいくらでも見つけられる。

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