天槍のユニカ



愛しさの代償(8)

「なんです? 湖の城って」
 すぐにでも返事を書いて騎士に預けようと思っていたら、いい気分もすっかり吹き飛ばす声でディルクは我に返った。
「盗み見るな、悪趣味だな。お前はティアナからの手紙を読まなくていいのか」
「あとでゆーっくり読みます。ああよかった、こんなむさ苦しいところにいるおかげで正気が保てなくなる寸前でした。ティアナのおかげでもう少し頑張れそう」
 独り言のようでもあり、手紙に話しかけているようでもあるエイルリヒに冷たい視線を投げかけつつ、ディルクも便箋を畳んだ。自分もあとからゆっくり読み返そう、弟の邪魔が入らない時に。
 ティアナから預かっていた手紙のあった場所へユニカの手紙をしまう時、スミレの花を織り込んだレースのしおりが視界に入った。万が一にも演習場で落とすわけにはいかないので、しまってあった大切な贈りもの。
 たった一片のレースだが、こんなに嬉しいと思う生まれ月の祝いの品は久しぶりだ。
「それだけニヤニヤしてるってことは、ユニカとうまくいってるみたいですね」
 エイルリヒの声色が急に冷たくなった。ディルクは緩めていた口許を引き締め、音を立てて抽斗を閉じる。
「まあな」
「よかった。君のやり方はどうもユニカに通用していないようだったから心配していました」
「そんなことを確認しにきたのか? 慣れてないんだから、演習が終わるまではそちらに専念した方がいいぞ」
「僕と違ってディルクは生き生きしてますね。やっぱり先代のテナ侯爵に育てられただけはあるなぁ」
 生き生きなどしているものか。むしろ王太子領の兵があまりに腑抜けているからいらいらしっぱなしだ。と、返すのも億劫だった。
 エイルリヒを無視するように、さっき用意させたウゼロ産の葡萄酒(エイルリヒからの土産だ)を手酌で呷る。
「戦争ごっこが楽しいのは結構ですけどね、ユニカのことはちゃんと報告してくれなくちゃ」

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