愛しさの代償(7)
手紙をひらひらと振っているエイルリヒの首根っこを掴んでやりたい。しかし部下の前ではだめだ。
ディルクは仕方なく労いの笑みをつくった。
「泊まる部屋は、西棟へ行ってそこの番兵に声をかければ用意して貰える。食事もまだならそう申し出なさい」
そして伝令≠フ騎士の部屋と食事の世話をするように、としたためた便箋を握らせて追い出すと、あろうことか手紙の封を破こうとしているエイルリヒにすかさず腕を伸ばす。が、彼はするりとディルクの手をかわした。
「いくらなんでも非常識だぞ。他人宛の手紙を開けようだなんて」
「いいじゃないですか。ユニカに関する情報はなんでも共有しなくちゃ」
「返さないならティアナから預かったお前宛の手紙を燃やす」
「は!? それこそ非常識ですよ!! っていうか本当にあるんですか!? ティアナからの手紙」
エイルリヒは焦りをあらわにしながらもユニカの手紙を放さなかった。どうしようもないことに用心する弟に背を向け、ディルクは鍵付きの抽斗を開けた。
「お前の顔を見る度に不愉快になるからすっかり渡し忘れてた。燃やした事情を説明してティアナに謝るしかなさそうだな」
そして一通の封筒を取り出した。本物の、未来の大公妃ティアナからの手紙だ。それを燭台の火にじりじりと近づける。
「わー! もう、なんてことするんですか、人でなし!」
「それは俺の台詞だ。手紙を返せ」
「ちっ……!」
互いの人質をかけた不毛な争いになるかと危ぶんだが、エイルリヒに対するティアナの影響力は絶大だった。エイルリヒはこんなものいらんとでも言いたげにユニカの手紙を差し出し、ティアナの手紙を奪い取っていった。
焦げていないか確かめ、差出人の署名を見て目を輝かせるエイルリヒ。
妙な嫌がらせをしかけてくるからだ。心の中で彼を罵り、ディルクはようやくユニカからの手紙を開くことが出来た。
手紙には、ゼートレーネでの滞在を五日ばかり延ばすつもりであると書かれていた。日付はディルクが領主館を発った翌日。
『湖城の鍵はアンネから貰ったので、ほかの人は誰も入れないようになっています』
との一文を読んで、思わず口の端が緩む。ディルクが二人で行くのに拘るとにあんなに呆れていたくせに、ユニカはディルクの要望を叶えてレオノーレや弟たちを城に入れないでくれているらしい。こんなにしょうもないわがままを覚えていてくれるなんて、律儀だな。
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