天槍のユニカ



愛しさの代償(9)

 杯の縁ごしに、エイルリヒの酷薄な笑みが見えた。先日クリスティアンに向けていたのと同じ目だ。
 この場はごまかそうと考えていたが、諦めざるを得まい。
「演習が終わってからでもいいと思っているだけだ。別にわざと黙っていたわけじゃない」
「ふうん、それならいいけど。ああそうだ。テナ侯爵に、ユニカへの招待状を持っていって貰ったんですよ。僕の立儲の礼の。だから説得して連れてきてくださいね、仲よくなったみたいだし」
「なんの話だ?」
「だから、ユニカをウゼロに招待したってことです。予定にはなかったからびっくりしてます?」
「ユニカをウゼロに連れて行く必要なんてないだろう」
 ディルクは鼻で嗤ったが、本能的な不安ですっと背筋が冷たくなるのを感じた。
「トルイユの中枢の目が、ちゃんとユニカを見つけたようですからね。もっと反応が欲しいんです。彼女≠フ反応が」
 まだ気のせいだと思えるほどだった悪寒が、はっきりした不快感と嫌悪に変わる。表に出すまいと堪える余裕もなく、ディルクはエイルリヒを睨みつけていた。
「不服そうですね。君が何を怖がっているのかはなんとなく分かりますけど」
 エイルリヒはディルクの苦々しい表情をお気に召したらしい。彼の口調に再び弾むような明るい響きが戻る。だが、それはその瞬間だけだった。
「でも、僕と君は対等な共犯者じゃない。忘れたんですか? 決めるのは僕の方です。それにね、君にはユニカを押さえて欲しかっただけで、本気の恋愛をしろなんて言っていないし」
 ティアナからの手紙を懐にしまったエイルリヒは、机越しに身を乗り出しディルクの鼻先で声も低く言った。
「本気になっても別に構わないけど、君は時々我を忘れるから心配です。バルタスのようなことは御免ですよ?」
 底意地の悪い囁きを残してエイルリヒが去ると、ディルクは持っていた杯を机に叩きつけようとして、思い留まった。そうして爆発しかけた感情を消火するように深い呼吸を繰り返す。
 一瞬、昨日グリスシャル城を発ったクリスティアンを呼び戻そうかと考えたが、多分間に合わない。エイルリヒはそれも見越して今夜、招待状の話をしに来たのだ。クリスティアンも手紙の内容を知っているかどうかに関わらず、公子の命令とあらば預かったものをユニカに渡してしまうだろうし。

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