天槍のユニカ



愛しさの代償(6)

* * *

 午後からの演習では、シヴィロの隊列は見違えるほど動きがよくなり、展開の時間でようやく王太子を満足させることが出来た。
 兵士達自身もうまくいくようになったことに驚きつつ、どこかほっとしながら野営地へ引き揚げていったが、立場がないのはひたすら兵を叱咤していた元¢熬キ達とシュルツ将軍だった。
 ディルクは兵士達の何をどう調整したのか明かさなかった。無言をもって元指揮官達の無能を責めいているのか、配下から外す人間にもはや関心がないのかは不明だが、王太子が何も言わないために夕食の席の一画だけが気の毒なほど重い空気に沈んでいたのは間違いない。
 ディルクとていい気分ではなかった。今回連れてきた隊だけがこんな状態、であるはずがない。王太子領に残っている兵がどれほど使いものにならない≠ゥ、考えるだけで頭痛がした。
 兵を叩き直す指揮官の人選に迷うし、シュルツ将軍を他方へ除ける理由ももう少し考えねばならない。ここがウゼロ公国であれば、能力のない指揮官の首など一瞬で飛ばせるのに。
 自分でなんとかした方が気苦労は少なそうだが、王太子という身分にそんな暇はないし。
 食事の後、部屋に籠もって悶々とそんなことを考えていると、エイルリヒが訪ねてきた。――ユニカの警護を命じた近衛騎士の一人を伴って。
「そこでちょうど行き合ったんです。兄上にご用だそうですよ」
「姫君よりお手紙を預かって参りました」
 騎士はエイルリヒを気にしながら敬礼とともにそう言った。
 彼は『天槍の娘』に対して害意を抱いていたチーゼル公爵の派閥から遠い人物だった。それを理由にユニカの警護に回したが、彼自身は『天槍の娘』の噂を聞きながら過ごした年月が長すぎて、ユニカにどう接すればいいのかはまだ分からないらしい。
「そうか。ご苦労」
 姫君≠ニいう呼称の違和感がおかしくてつい笑いそうになるのを堪え、ディルクは騎士が差し出した手紙を受け取る――寸前で、エイルリヒがそれをかすめ取る。
「どうもありがとう。またユニカ様のご領地へ戻るのでしょう? もう遅いのですから休んでください」
 騎士は戸惑いながらエイルリヒと手紙を、そしてディルクの顔を覗う。

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