天槍のユニカ



冷たい夢(31)

「これでアヒムは目を覚ますわ」
 キルルは針を床に棄て、大切そうにコップを両手で包み、アヒムの枕元へ運ぶ。
「アヒム、ちょっとだけ身体を起こして。ユニカの血を飲むのよ。そしたらあんな傷、すぐに治るわ」
 なにごともないかのような静かな朝。死者を送るしめやかな日の朝。
 ただそれだけの、いつも通りの朝が明日も来なくてはいけない、わたしと、彼のもとには。
 キルルはそう強く念じながらアヒムを抱き起こし、コップを彼の唇に押し当てる。温い血でアヒムの口許が汚れるものの、その奥に流れ込んだ血はそのまま口の端からこぼれ出てきた。
 首筋を伝った血がアヒムのシャツを染めるのを見たキルルは、わなわなと震えてからコップに残っていた血を呷った。
 そして乱暴なくらいに強くアヒムの上半身を抱きしめ、ぶつけるように唇を重ねる。
 苦しいのか、痛みが一瞬でもアヒムの意識を呼び戻したのか、小さく呻く声がユニカにも聞こえた。
 あるいはキルルの声だったのかも知れないが、長い口づけの末、アヒムの喉がわずかに二、三度上下する。
 口に含んでいた血をすべてアヒムの喉に流し込んだキルルは、彼を抱きしめたまま寝台に倒れ込んだ。
「……っ、これで、大丈夫よ」
 キルルは微笑みながら涙を浮かべる。口許を血で汚したまま、アヒムの頬や首筋に垂れた血を自分の袖で拭き取る。一通りそれが済むと、彼女はアヒムの胸に突っ伏して泣き始めた。
「ごめ……っごめんなさいアヒム、あたし、どうしても――! ごめんなさい、ごめんね……っ」
 ユニカは震えながら泣きじゃくるキルルの背をぼんやりと眺めていたが、やがてそっと寝室を抜け出した。
 アヒムとキルルの唇を濡らす赤色。
 それを思い出すと、胃の底から何かがせり上がってきた。
 気持ち悪い。
 血は、薬なんかじゃないのに。
(でも、わたしの血は、違う)

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