天槍のユニカ



冷たい夢(30)

 アヒムを失うのが恐い。だから涙が溢れてくる。
「どうしたら助けられるか、分かるでしょう」
 ユニカが拒むはずはなかった。
「導師様に、血を、あげればいいの……?」
「そうよ。いい子ね」
 だから、選ばせた自分は結局アヒムを失うことになるだろうなと、キルルは予感した。
 だから、涙が止まらなかった。

     * * *

「一緒に来て。アヒムの道具の中に血を抜く管があったはずよ」
 キルルは毛布を脱ぎ捨てると、木製のコップを一つ持ってアヒムの部屋に向かった。
 アヒムは影の中で青白い顔をして眠っている。
 ユニカは養父の顔を見ると居ても立ってもいられなくなり、傍に駆け寄って微かに聞こえる寝息を確かめた。ほっとする反面、血が通っているのを疑いたくなるほど白くくすんだアヒムの肌色に死を感じとり、息が詰まった。
 キルルは無言のままアヒムを見下ろしていただけで、すぐに治療道具の入った鞄を手にとって中を検め始める。
「あった」
 かちゃかちゃと金属のぶつかる音が途絶えたことに気がつき振り返ると、キルルはアヒムの机に広げた道具の中から太い針を何本か手にとって眺めていた。
「これが一番細いわね。ユニカ、椅子に座って」
 ユニカはごくりと唾を飲んで、もう一度アヒムの顔を見下ろしてからキルルが指した椅子に座る。
「痛いでしょうけど、少し辛抱するのよ」
 ユニカの細い腕に、鈍い銀色の管が埋もれていく。
 柔らかな皮膚を破る感触にキルルは思わず手を止めたが、針の先はしっかりとユニカの体内に達し、血を吐き出した。ぷつぷつと溢れ出てくる滴をコップで受け止めていると、二口で飲めるほどの血が溜まる。
 そして針を抜いた傷跡をキルルが綿布でぬぐうと、ユニカの肌には青黒い痣が残っているだけだった。まるで二人の後ろめたさを悟り姿を隠したように、傷は一瞬で消えていた。

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