天槍のユニカ



寄す処と手紙(8)

 早くゼートレーネへ戻りたいなと思った。帰りを待っていると言ってくれた人のところに。
 マンジュリカの胴体は呼吸に合わせてゆったりと動く。その心地よい温かさに気持ちを委ねて目をつむっていると。
「ねぇ、もしかして落ち込んでる?」
 愛馬から、しなをつけた気色悪い声が聞こえてきた。
 自然と眉根を寄せながら声のした方を確かめると、白い腹の下からルウェルが手を振っているのが見えた。
「今、マンジュが喋ったと思っただろ」
「そんなわけがないだろう」
「ええー? そっかぁ、結構うまく真似できたと思ったけどなぁ」
 クリスティアンは馬が人語を話すのを聞いたことがないので、ルウェルがどれくらい愛馬に似ている≠フかは分からない。
「で、落ち込んでんの?」
 マンジュリカの声真似もくだらなくて不愉快だったが、ルウェルはさらに不愉快なことをずけずけと訊いてきた。愛馬に蹴らせてやろうかと思ったが……クリスティアンは無言でルウェルの向かいにかがみ込んだ。
「あれまぁ」
 蹴られなくても追い払われるくらいには思っていたらしく、ルウェルは大人しい幼馴染みの様子に目を丸くした。
「お前さー、ノアと仲悪いじゃん。なんでわざわざ会いに来るわけ」
「仲が悪いわけじゃない。私が好かれていないだけで……」
 それに、クリスティアンの主目的はエイルリヒに謝罪することであって弟に会うことではなかった。会うことになると予想していたし、それを回避しようとも、改めて会おうともしなかっただけだ。
 恐らくノワセルもそんな兄の考えを察していて、自分が歯牙にも掛けられていないと感じなおさら不愉快に思ったのだろう。そして、兄がそうした理由まではきっと考えていない。
 臣下として公子を訪ねたクリスティアンが、ついでに私情で家族に会うわけにはいかなかっただけなのだが。
 腹の下から人間の声がするので不安になったらしく、マンジュリカが後ろ足で干し草を蹴り始めた。彼女が再び機嫌を損ねないよう、クリスティアンはこのあたりで立ち去ることにした。ルウェルも姫君の鼻面を撫でてからあとをついてくる。

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