天槍のユニカ



寄す処と手紙(9)

「まー、ノアのことはどうにもなんないだろうけどさ、ぶらぶらしてたらケルゼンとかウォルフ達に会ったぜ」
 懐かしい僚友達の名前が聞こえたので、クリスティアンは馬番へブラシを返しながら思わず振り返る。
「この演習に出ているのか」
「だろうさ。こんな平和な田舎に用事なんてないだろ。でさ、あの性格の悪いチビの手前顔は見に来られないけど、元気でな、だって」
 性格の悪いチビ≠ヘ、ルウェルをはじめ一部の僚友達の間で通っているエイルリヒのあだ名だった。そう口にする者はかつてディルクやクリスティアンの父の指揮下で戦ったことのある者達で、テナ家の家臣である者もいれば、そうでない者もいる。どちらにせよ、ディルクと母を異にするエイルリヒの反対勢力だ。
 表だって悪い態度をとらないとはいえ、先代のテナ侯爵やディルクと繋がりが深く、自分に従順ではない騎士がいるのをエイルリヒは知っている。だからこそ彼らの抑え役となるはずだった当代のテナ侯爵――クリスティアンの離反が許せない。
 それは仕方ないとして、別れの挨拶も出来そうにない戦友達の顔がいくつも思い出された。強張っていた頬が自然と緩む。
「また会う機会があれば伝えてくれ。ありがとう≠ニ、それから、人の悪口もほどほどに≠ニ」
 本当は、すでにシヴィロ王国の騎士となっているルウェルがふらふらとウゼロ公国の陣営に遊びに行くべきではないが、どうせ知った顔を探しにまた遊びに行ってしまうだろう。それなら、ついでの伝言くらい許して貰おう。
 腹が減ったと喚き始めたルウェルを連れて厩を出ると、あたりはすっかり夜の青い裾に覆われていた。これなら宿舎に戻ればちょうど食事の時間だ。
 王太子の側近に割り当てられた宿泊棟にたどり着くと、入り口を守る衛兵の傍に佇んでいた影が動いた。
「お、噂のノアだ」
 ルウェルが軽く手を振ると、無表情の弟はわずかに頭を垂れた。もちろんクリスティアンにではない、ルウェルに対してだ。昔からノワセルは兄のことを無視するか睨むかしかしてこないのに、なぜかルウェルには敬意を払う。
 そのノワセルはクリスティアンを待っていたようだった。彼はつかつかと歩み寄ってきて、クリスティアンの胸に封筒を二つ押しつけた。

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