寄す処と手紙(7)
* * *
「こんなにわがままな姫君は見たことがない」
と、度々評されるのがクリスティアンの愛馬だった。
白くて美しい毛並みは母馬譲り、戦場の混乱にも動じない気の強さも母馬譲り。しかし、初めての厩になじめないという繊細な一面も持ち合わせている。
クリスティアンが訪ねた時も落ち着かない様子で外へ出たがっており、馬番達が必死で宥めてくれていた。
こういう時はクリスティアンが付き合うしかない。砂糖を少しなめさせて機嫌をとり、あとは彼女が満足するまでブラッシングしてやる。
戦時の移動中にこんなことはないので、多分本当にわがままを言っているだけなのだ。そうと分かっていても持ちつ持たれつの相棒なので、時間が許せばクリスティアンも真っ白な姫君をついつい甘やかしてしまうのだった。
ところが、今日のマンジュリカは砂糖だけで大人しくなった。そして大きな目でクリスティアンを見つめてくるが、ブラッシングをねだっているというよりは「させてやる」とでも言いたげだ。
せっかくなのでご厚意にあずかり、白い身体を磨き始める。しばらくは淡々と作業していたものの、手を動かすほどにエイルリヒの平手を食らった頬がひりひりしてきた。
これくらいで済んだのだから幸運だ。そう思わねばなるまい。口で詰られるだけなら家に迷惑を掛けることもない。
幸い、エイルリヒはノワセルがクリスティアンを嫌っていることを快く思っているようだし、クリスティアンが家督を譲って彼らの前から消えれば、ひとまずほとぼりが冷めるだろう。
亡き父から継いだものを、守り通さずに棄てると言われるのだって今さらだ。自分は分かっていてこの選択をした。
傷ついている場合ではない。
うつむいて、マンジュリカの胴体に額を預ける。すると首筋をかすかに撫でる感触があった。
エリュゼと交換した当主の指輪――を通してある革紐だ。彼女の指が細く、クリスティアンのどの指にもしっくりこなくて無くしてしまいそうだったので、首に掛けてあった。いずれ正式に家紋の入った品を交わす時に返さなくてはいけない大事なものだ。
自分が棄てようとしているものの重さを分かっているのかと、エリュゼにもきつく問われたことを思い出した。その時自分は堂々と答えていたはずなのに、情けない。
- 1092 -
[しおりをはさむ]