天槍のユニカ | ナノ



寄す処と手紙(6)

 部屋を出てしばらく、ディルクは出来るだけあの部屋から離れるように早足で歩いてきた。中庭とは名ばかりの荒れた草地を横切って隣の棟へ移ろうとしていた時に、クリスティアンがようやく声をかけてくる。
「何も、あんなことをなさらなくても」
「仕返しだと言っただろう。それに、戦も知らない子供にユリウスの考えを語る資格はない」
 ディルクは立ち止まってそれだけ言うと、再び草に埋もれかけた舗道の石を踏みつけるようにして前へ進んだ。クリスティアンがどんな顔をしているかは確かめなかった。
 生まれてすぐにテナ家へ引き取られたディルクにとって、クリスティアンの父はディルクの父も同然だった。
 そして、その彼を戦死させた指揮官はディルク。
 そのあたりの事情もよく知っているエイルリヒは、クリスティアンだけではなくディルクに対しても嫌味を言ったつもりのはずだ。ただ、ディルクにとっては口で反撃することなど考えられないほど聞くに堪えない侮辱だった。平手で加減できただけ理性が残っていたのは奇跡的だ。
 あの戦に出た兵や騎士の多くが、今もなお触れられたくないほどの怒りと痛みを抱えている。エイルリヒがそれを理解するには平手の一発では足りないくらいだ。
「……私の用は済みましたので、これでゼートレーネへ戻ろうと思います」
 隣の棟へ脚を踏み入れた途端、しばらく黙っていたクリスティアンが疲れた声で言った。この先へ進めば上級士官や諸将の寝床、夕食の会場となる広間があって人通りも増える。誰かに会わないうちにここを離れたいのだろう。
 テナ侯爵のことをよく知らない者には普通の冷静な表情に見えるのだろうが、立ち止まってしまったクリスティアンの顔色は声と同様に沈んでいる。
 このまま帰ったのでは、本当に殴られに来ただけのようなものだ。
「もう日が暮れる。ユニカに手紙も書きたいし、出発は明日の朝にしてくれ。お前の事情に付き合わせたマンジュのこともちゃんと休ませてやらないと可哀想だろう」
「――はい」
 その愛馬の様子を見にいってくると言うので、クリスティアンとはそこで別れた。
 シヴィロ側の厩へ向かう彼の背中を見送りつつ、やっぱり連れてくるんじゃなかったと、ディルクも溜め息をついた。

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