寄す処と手紙(5)
無抵抗を決めていたであろうクリスティアンが、堪えきれずに顔を上げる。
「何か言いたいことでも? 侯爵」
クリスティアンが何も言うはずがない。
きっと、彼がシヴィロに残留するにあたって最も悩んだことだろうから。
クリスティアンが何も言わない代わりに、ディルクは立ち上がった。
ディルクも黙って嵐が去るのを待つと思っていたのだろう。エイルリヒは怪訝そうに眉を顰めたが、直後、彼は自分の頬を打った衝撃に驚き目を瞠ることになった。
「――な、」
エイルリヒが正気を取り戻すまでの二秒、ディルクは平手で殴っても結構痛いななどと考えながら右手をひらひらと振った。
「何するんですか!!」
吠えかかってきたエイルリヒとディルクの間にすかさずテナ家の兄弟が割って入った。瞬時に身体が動いたのはさすがだが、二人はそろって驚いていた。
「友人を殴られた仕返しだ。それと、」
ディルクはいっぺんに血が逆流したエイルリヒを横目に、何かあった時には兄と同じ判断が出来るノワセルをほんの短い間、睨みつける。
「ノアに『兄が嫌いだ』と言わせて満足しているようじゃ、お前が得られる忠誠はその程度だ」
騎士達の腕を振り解こうともがいていたエイルリヒは、それを聞いて抵抗をやめた。爆発した敵意はすべてディルクに向いている。ディルクもそんなエイルリヒを冷たく睥睨した。
他者の目がある前では兄弟らしい演技が出来ても、自分達にとっては今向け合っているこの視線が真実だ。
だが、クリスティアンとノワセルまでこうなることはない。
「積もる話はあるが、やはり夕食の席でないと落ち着けそうにないな。またあとで会おう。行くぞ、クリス」
ディルクが踵を返す時、視界の隅でエイルリヒがクリスティアンとノワセルを乱暴に振り払うのが見えた。
「ディルク様」
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