天槍のユニカ



寄す処と手紙(4)

 エイルリヒの騎士は、それまで微動だにしなかった表情を初めて動かした。といっても、ゆっくりとまぶたを伏せただけである。
 クリスティアンと同じ亜麻色で癖のある髪がわずかに揺れ、深い深い緑の瞳――これもクリスティアンと同じ――が隠れた。
「身内の勝手で、殿下にはご迷惑をおかけします」
 低く呟く声はエイルリヒに応えたものだったが、それにはクリスティアンへの批判が明らかに滲んでいた。
 騎士の名前はノワセル。クリスティアンの実弟だ。
「君も困ったでしょう。急に爵位を継いで欲しいなんて言われて」
「父から受け継いだものを守るつもりのない者に預けておくことは出来ません。大公殿下のお許しさえあれば、私が爵位を継ぎ公国第一の剣として忠誠を尽くす覚悟は出来ています」
 再び現れたノワセルの視線は冷ややかに兄を見下ろしていた。クリスティアンには見えていないが、弟の表情は手に取るように分かっているだろう。
 ノワセルの選択のほぼすべては兄に対抗するため≠基準にしている。自分が家を継ぐ立場にないことをわきまえ、しかしクリスティアン以上の功績を積み上げ公国の騎士として地位を築くために、エイルリヒのところへ行った。
 そうしてクリスティアンと競い合うつもりだったのだ。それが、ノワセルにしてみれば勝負から逃げられたようなもので……いや、初めから兄には受けて立つ気がなかったことを思い知らされ、不満の大きさはエイルリヒにも劣らないはずだ。
 加えて、仕返しは五倍が基本のエイルリヒもすっかり嗜虐性に火がついている。
 こんな二人の前にクリスティアンが出ていけば、こうなることは目に見えていたのに。
 友人の願いも尊重すべき時とそうでない時があることを思い出して、ディルクはやれやれと天井を仰いだ。この場をどう収めようか。
「君がそう言ってくれて安心しました。僕の治世にもテナ家の力は不可欠ですから。でも、」
 黙ってなじられるままのクリスティアンを横目に、エイルリヒは自分に忠実な騎士へ満面の笑みを向ける。が、その視線が再びクリスティアンを見下ろした時、そこには刃物のように鋭利な悪意が覗いていた。
「こうもあっさりと家督を投げ出されたのでは、戦死したお父上もさぞ無念でしょうね」
 それは、自分の許を去ろうとしている臣下を何より傷つけると分かっていて吐き出した言葉。

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