天槍のユニカ



冷たい夢(26)

「導師様……!」
 声を上げて泣き出したユニカを顧みることなく、大人たちはアヒムをどこかへ運んで行った。

     * * *

 ナイフの柄が食い込むような深い刺し傷に出来る治療はほとんどない。初老の村医者はそう言って肩を落としたきりだった。
 彼には都で学んだアヒムのように幾万とある薬を使う知識はないし、せいぜい止血止痛などの薬草をいくらか知っているのと、農作業なんかでざっくり切ってしまった手足の傷を縫い合わせられるだけである。
 だから彼はアヒムが医術を心得た導師として村に戻ってきたことを喜んだ。
 経験となけなしの知識で医者を名乗ってきた自分には治せない病も、アヒムなら治すことが出来る。自分もその方法を教えてもらおう。
 そう思いながらアヒムの治療を時々手伝い、老いてもの覚えの悪くなった頭で苦労しながら、オリエは少しずつ医薬の知識を増やしていた。
 それがどういうことだ。朝日に照らされてもなお青白いアヒムの顔を見下ろし、オリエは涙ぐんだ。
 傷は縫った。血も止まったが、失われた量があまりに多い。呼吸も弱い。今日の昼までこの青年の命は保つだろうか。この状態は薬でもどうにも出来まい。
 隣の街へ自分よりは知識の豊富な医者を呼びに行かせたが、その人が何も出来ることはないと宣告する姿が目に浮かぶ。
 やるせなくてたまらなくなったオリエは、涙をぬぐってからアヒムの寝室を出た。
 食堂を兼ねた居間へ行くと、ここでもまたやりきれない気持ちでいっぱいになった。
 テーブルに着いたまま動かない娘が二人いた。ユニカとキルルだ。
 ユニカは座ってうつむいたまま声を殺して泣き続けているし、キルルは暗い目をして宙を睨んでいる。
 ユニカにとっても、キルルにとっても、アヒムの存在は大きい。彼が今にも息絶えそうなことは分かっているのだろうが、その姿を見るに堪えないのか、どちらも治療が終わってからアヒムに近寄ろうとしなかった。
「お前たち、アヒムについていてやりなさい」
 二人に向かって言ったが、反応はない。

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