天槍のユニカ



冷たい夢(27)

 それ以上かけてやる言葉が見つからず、情けなくてたまらなかったが、オリエは心の中で詫びただけでアヒムの家を出た。
 レーナの葬儀は隣村から駆けつけた導師が代行してくれるので、今日の午後には執り行われる予定だ。そちらを手伝いに行こう、とオリエは思った。
 ヘルゲは自警団によって拘束され、牢に入れられている。いずれ太守の兵隊がやって来てヘルゲを都へ連行していくだろう。
 ヘルゲが刺した相手は導師だ。国教の担い手である聖職者を殺傷すれば、都の大教会堂で審問され処罰される。アヒムが死ねば、ヘルゲもまた死ぬだろう。
 死が続くことはよくある。
 そういう時はどうしようもない。ただその流れが止まるのを見守るばかりだ。
 けれど今回は、違う予感もあった。アヒムの傍にいるのがあの娘たち――どちらもアヒムによって死から掬い上げられた二人だからだろうか。
 もしアヒムがいなくなったら、彼女らはどうするだろう。
 オリエはぞくりと背中が粟立つのをやり過ごして教会堂へ向かう。
 ほかに誰もいなくなったアヒムの家で、キルルの視線がゆっくりとユニカに向けられたことを知る者はいなかった。
「あんた、ヘルゲに何されて逃げてたの?」
 頭から被るようにして毛布にくるまっていたキルルは、虚ろな目で呟いた。誰かに話しかけたような口調ではなかったので、ユニカはつい反応が遅れた。
「え……」
「ヘルゲに追いかけられて逃げてたでしょ。何をされたの? 血をくれって、言われたんじゃないの」
「なん、で、知っているの?」
 ユニカが泣きはらした目を瞠ると、キルルは肩を揺すって小さく笑い声をもらした。
「ヘルゲの気持ち、分からなくもないもの。あたしも今、すごく迷ってるわ。……このままじゃアヒムが死ぬの。でも、あんたから血を奪ったりしたらアヒムは怒ると思うのよね。だけど、あんたがいいって言ってくれれば……」
 どこかで聞いたようなその台詞に、ユニカはごくりと唾を飲む。にわかに緊張したユニカを見ても、やはりキルルは笑った。
「ヘルゲもあたしも、何を言ってるか分からない? 教えてあげようか。あんたが知らないこと、都合よく忘れちゃってること」
 そして、アヒムが必死でユニカに隠そうとしている秘密。

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