「ここにいたか、精市」


昼休み、C組の教室にいなかった精市を探して校内を歩き回り、最後にたどり着いたのはテニス部の部室。
精市は、これまでの大会の賞状やトロフィーをじっと見つめていた。


「…蓮二か。今日は部活の時間でもないのに、みんなによく会うよ」
「そうか。それは中休みの放送のせいだろう?」
「…まあ、そうだろうね」


俺には、精市が何を言われたか、おおよそ予想はついている。
実に低俗で、くだらないことだ。
俺たちは学校のためでも、見栄を張るためでもない。
自分たちのために、自分のために、常勝を掲げてきたのだ。
その結果について、他の者にとやかく口出しされる筋合いはない。
ましてや夏は…とうに終わったのだ。


「気にする必要はない。精市、お前は誰のためにテニスをしている?」
「…蓮二?」
「お前自身のためだろう?お前は一切手を抜いてなどいなかった。何を言われたとしても、精市が気に病む必要はないんだ」


精市から、返事はない。
ただ、思いつめたように、ガラスの中を見つめるだけだ。
…何をそんなに、考えている?


「なあ、蓮二。たしかに俺は、そうかもしれない。幸村精市にとっては、心の底からどうでもいい話だったよ」
「ああ、そうだろう。ならば…」
「でも、でもな。俺はさ、部長なんだよ」


精市が、こちらに目を向ける。
その瞳は試合のときのように鋭く、それでいて…あの日、あの夏が終わった瞬間のように、色を失っていた。
穏やかに笑っているようで、泣きそうに歪んでいた。


「俺は部長だ。立海の名を背負ってきた。常勝立海に、泥を塗りつけたのは、俺なんだ」
「泥?精市、お前は…」
「違う。俺自身はそんな風には思ってないし、ある意味で…負けて良かったとも思っている。だけど、立海大附属にとっては、汚点でしかないんだ。それをしてしまったのは、部長の俺だから」


俺は、それ以上言葉を続けることができなかった。
精市が、ここまで部長として自責の念に駆られていることに、気づいてやれなかった。
テニスの面では、支えることができたのかもしれない。
だが、精市の心を救うことはできていなかったのだと、悟った。


「…蓮二。俺はいいんだ。こういうことを言われるって分かってたから。だから、真田のフォロー、してやってよ。あいつは何も言わないけど、準優勝で終わってしまったこと、常勝を守れなかったこと…いろいろ思ってることがあると思うんだ。気持ち、発散させてやって?」


頼んだぞ、と笑う。
自分の言いたいことだけを言って、精市は部室を出て行った。
扉の閉まる音が、俺一人しかいない部室にやけに大きく響く。


「…弦一郎が心配しているのは、自分のことでも学校のことでもない。精市、お前のことだ。…お前の中で夏は、まだ終わっていないのか…?」


その問いに答えてくれる者は、もうここにはいない。
部長。
俺たちが何気なく、単なる名称といて使っていた言葉の中には、この部をまとめる頂点としてのプライド、何十人もの部員を率いる責任、学校の名を背負う重圧。
たくさんのものが詰まっていた。
そんな当たり前のことに、俺たちは誰一人として、気づくことができなかったのだ。


「…すまない、精市」






それでも君は笑っていたので



(ただ、謝ることしかできなかった)




2012/04/01


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