「よう、幸村」
六時間目が始まる前にC組の教室を訪れ、幸村に声をかければ少し驚いた顔をされた。
部活の時や廊下ですれ違えば話はするが、わざわざ互いの教室に出向くというのは、俺と幸村のクラスが離れていることもあって、あまりない。
「ジャッカル、珍しいな。どうした?」
「いや、ブン太がな」
「ブン太?…あ」
幸村はしまったという顔をして、カバンから携帯を取り出す。
少しの間カチカチといじった後、携帯の画面を俺に向ける。
「幸村君がメールくれねぇ!」って言ってたぞ、と俺から伝えるまでもなく、幸村の携帯にはブン太から大量の催促メールが届いていた。
…あいつ、これ授業中にもメール打ってるだろ。
「昼休みに俺のとこにきて、メールはこねぇし教室にもいねぇ!ってぎゃあぎゃあ騒いでたんだ、ブン太のやつ」
「昼は蓮二と部室で話をしてて…その前もずっと仁王といてさ。ブン太にメールするのすっかり忘れてたよ。すまなかったな。今ちゃんと返事するから」
「ああ、そうしてやってくれ」
ひとまず。
伝えなきゃいけないことは、伝えた。
ブン太へのメールを打っている幸村を横目で見つつ、昼休みのことを思い返す。
言うべきか、言わないべきか。
まあ、言うべきなんだろう。
問題は伝え方、だ。
「あのな、幸村」
「何?」
「昼休み、ブン太だけじゃなく、赤也もきたんだ」
「うん、それで?」
「…赤也が拗ねてたぞ。部活のときにでもフォローしてやってくれよ」
どうして、とは言わない。
だってそれは、幸村も分かってるはずだから。
ちらりと俺を見上げ、すぐに携帯へと視線を落とす。
文字を打つ指を止めることはせず、幸村は俺にこう言った。
「何を?って聞かないの?ジャッカルは」
何で?とは聞かずに、逆に俺に問いかける。
(何を、言われた?と聞かないの?)
そりゃ、気にならないといえば嘘になる。
テニス部として、部長として呼ばれていたんだ。
俺たちに無関係なわけがない。
でも幸村は柳や仁王といたと言った。
きっとその話にもなったはずだ。
それなら、俺まで聞く必要はないと思った。
「…俺の仕事じゃないからな、それは」
携帯を閉じ、顔を上げた幸村は真っ直ぐに俺を見て、笑った。
「俺は、ジャッカルのそういうところが好きだよ」
たとえば、それが、救いに値するとして(俺のしたことは、正しかったのかな)2012/04/01
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