閑話12−22


▼閑話12
「テレンスッ! お前という奴は……! 私の気持ちを知っておきながら、よくもあのような失態を見せてくれたものだなッ!」
 ぎりぎりと歯噛みされ、彼が手にしていた枕は真っ二つに裂けて中身をベッドの上に撒き散らしてしまった。
 ふわふわの羽毛がゆっくりとシーツの上に落ちていく。その後片付けをするのは自分かと思うとテレンスはDIOに叱られている現状を忘れてげっそりとした。
「まさかそのような事になっているとは思わなかったのです」
 テレンスは淡々と返した。ようやくキスの許しを夢主から得たDIOは、とってもいいところを執事に邪魔されて怒っているのだ。
「ドアの前に、ただ今キスをしています、くらいの張り紙があれば私だって邪魔なんかいたしませんよ」
 全ての女を虜にさせるDIOを前にしながら、それでも身持ちの堅い夢主をむしろテレンスは素晴らしいことだと思う。
 しかし、待たされる男の側に立てばそれはそれは辛いものがあるだろう。DIOはすでに十年以上もお預けを食らっているのだから。
(同じ男としてそこは同情しますが……)
「あの時、邪魔さえなかったら今頃は同じベッドで朝を迎えていたはずだ……!」
 さめざめと怒り泣きしているDIOにテレンスは心の中で溜息を付いた。
「申し訳ありません」
 謝るテレンスをDIOは不服そうに睨んでくる。
「しかしDIO様……大事なのは二人きりになることです。この館でもあのアジトでも他に人が居る限り、常に邪魔者が訪れるでしょう。夢主様も少なからず気にされるでしょうから、二人きりになれる空間を無理矢理にでも作ってしまえばよろしいのです」
 テレンスの言葉にDIOは睨むのを止めた。
「策があるというのか?」
「つい先ほどパーティの招待状が届きました。これに夢主様と参加してはどうですか?」
 地に落ちた執事の名誉挽回だとばかりに一枚の招待状を見せる。組織と関わりの深い企業の集まりで、DIOにぜひ来て欲しいとの内容だった。
「パーティには同伴者が必要ですからね。それを夢主様にお願いしましょう。場所はローマの一等地。ホテルも最高の物を用意し、そこで恋人同士の甘い夜でも何でも味わって下さい。案外、雰囲気に乗せられて肌身を許してくれるかもしれません」
 DIOはテレンスの言葉を聞いているのかいないのか、よく分からない表情で招待状を見つめている。
 パーティに行くとなればドレスを新調し、靴に装飾品も買わなくてはならない。テレンスにとってはそちらの方が大事だ。ここぞとばかりに夢主の着せ替えを楽しむことが出来る。
「……いかがですか、DIO様?」
「煩わしいだけだと思っていたが、夢主と共に参加するのなら悪くない」
 悪く無いどころか顔はすでににやけてしまっている。
「今すぐ用意しろ。夜になれば私は夢主の元へ向かい、この話を付けてこよう」
「分かりました。お任せ下さい」
 一転して機嫌を直したDIOに安堵した。
 今からかなり忙しくなりそうだ。あちこちの店に赴いてドレスや靴を見てこなければならない。
 しかしそれを苦とは思わないテレンスは、主と同様に浮かれきった笑顔で廊下を足早に歩いていった。
 

▼閑話13
「ちょっとッ! 聞いたわよ、テレンスッ! この私に知らせないってどういうつもりなの!?」
 電話口からマライアの怒鳴り声が鳴り響いた。テレンスはすぐに切ってしまいたい衝動に駆られる。
 それをぐっと押さえ込んで再び受話器に耳を近づけた。
「何ですいきなり……」
「アンタが教えないからでしょう! 夢主様がパーティに参加するなんてそんなオイシイ話、どうして私に教えないのよッ!」
「誰から聞いたんですか」
 DIOとテレンスしか知らないはずなのにマライアはこの話をどこから聞きつけたのだろう。
「もちろんDIO様からよ! いい宝石店を教えろって言われて、私てっきり夢主様に指輪を贈るのかと思ったわ。でも夜会用のネックレスだって言うじゃない!」
 ぷりぷりと怒るマライアの背後から空港内の落ち着いたアナウンスが聞こえてくる。アメリカにいるはずの彼女はどうやら空港にいるようだ……しかもイタリアの。
「ああ、荷物が重い……! テレンス、私は先にローマに向かうわ。こちらで用意したい物が山ほどあるの」
 じゃあね! と唐突に電話は切れた。
 マライアが来ると知った途端、テレンスの中の競争心が燃え立つ。いかにどちらがより綺麗に着飾ることができるか……勝負はテレンスが受話器を戻した瞬間から始まったようだ。
「負けませんよ……!」
 この日をテレンスだって楽しみにしていた。それをマライアに奪われては、これまでの苦労が報われないではないか。
 買い込んできた服と下着の選別をするテレンスの目に熱がこもっていく。夢主を迎えに行くまであと一日残されている。テレンスは再び街へ車を走らせることにした。


 パーティ前日の夜、ローマのホテルに付いた時のことだ。
 きらびやかな内装を無視し、主と夢主を置いてテレンスは一足先にエレベーターに乗り込む。予約しておいたシングルルームで鞄の中身をぶちまけた。
 夢主の鞄の中身があまりに予想通りの内容でテレンスは思わず溜息を付いてしまう。
 出てくるのは飾らない下着にパジャマ、アジトで着ている普段着ばかりだ。DIOとのお泊まりを全く意識していないようだった。
「ああ、これでは駄目です。折角の夜が台無しになってしまいます……」
 キスの邪魔をした起死回生の準備は出来ている。
 新たに用意した新品の下着類を素早く詰め込み、お詫びの文章を書いたメモを入れておく。
「……ま、これでどうにかなるでしょう」
 何事も無かったかのように彼らの部屋を訪ねていき、荷物を置いてさっさと出てきたテレンスは肩を竦める。
 これで間違いが起きなかったら……それはそれで奇跡かもしれない。そんなことを思った。


▼閑話14
 ……その奇跡が起きてしまったようだ。
 テレンスは未だに抱かれた様子のない夢主を見て、一瞬目眩がした。
(とはいえ……キスマークだらけではドレスが無駄になってしまいますし……)
 それはそれでテレンスはもったいなく思う。
 マライアと連携しつつテレンスはDIOの支度を手早く済ませた。どんな女も一目見れば体をくねらせて近寄りたくなるような……そんな色気を醸し出すDIOを前にすれば夢主だって心揺り動かされるだろう。
 完璧なDIOを前にテレンスは満足そうに微笑む。
 しかし、それは夢主も同じだったようだ。いつもがあまりに地味な分だけ彼女の方がより一層、心揺り動かされてしまった。
「どう? 素敵でしょ?」
 胸を張ってフフンと偉ぶるマライアを無視してテレンスは夢主のドレス姿に呻いた。
(これでは他の男まで寄せ付けてしまいますね……)
 DIOも喜んでいるが少し複雑な気分でもあるのだろう。見せたくない、などと子供のような駄々をこねている。
 二人がパーティに向かった後、テレンスは自室に戻った。
 今夜こそきっとDIOの手中に落ちる夢主を想像すると、喜ぶべき事なのになぜか寂しく感じてしまう自分がいる。
(ああ、もうすでにそこまで情が移っているのですね……)
 これでは娘を心配する父親のような気分だ。
 ルームサービスで取り寄せたワインを傾けながらテレンスは暗いローマの夜景の中を行く二人を思った。
 

▼閑話15
「テレンス! 夢主が居ない!」
 そう言って寝室のドアから飛び出してきたDIOに、リビングで彼らのために紅茶を入れていたテレンスは危うく火傷しそうになった。
「な……何ですって!?」
(まさか、DIO様があまりに無体なことをしたので……?)
 耐えきれず夢主は居なくなってしまったのだろうか。
「昨夜の事を気にして逃げ出したのだろうか……」
「昨夜……」
 ではとうとう……
「ただ舌を入れただけではないか! あれもキスの一つのはずだぞ!」
「え、キス……って、まさかまだ……?」
「酒の飲み過ぎでこのDIOの前で眠るなどあいつくらいのものだ……! いや、今はそれよりも夢主の行方だ」
 顔色を変えるDIOを半ば面白そうに見上げていたテレンスは携帯電話を手に取った。
「マライア、夢主様は?!」
「何よ? どうかした? 今、ジェラテリアで一緒にいるけど?」
 マライアの言葉にテレンスはほっと息をついた。
「夢主様はマライアと一緒に居るそうです」
 DIOはその言葉に今にも引き裂きそうだったクッションを元に戻した。
「そ、そうか……」
 安堵するDIOを置いてテレンスはマライアに話しかける。
「夢主様のご様子は?」
「それが……何だか元気がないみたいなの。どうしてかしら? DIO様と結ばれて幸せ一杯な顔には見えないのよねぇ」
「マライア……今ほどあなたが居てくれてよかったと思ったことはありませんよ。しばらく夢主様と共にいて女同士の会話を弾ませて下さい」
「……はぁ? あら、夢主様、もう味をお決めに? テレンス、また後でね」
 プツッと電話は切れてテレンスは長い息を吐く。
「そのうち帰ってくるでしょう。DIO様はこのまま部屋にてお待ち下さい」
 ソファーに座り込んで安堵のため息をつくDIOの元へ、カツカツとハイヒールを響かせてマライアがやって来たのはその一時間後だった。
「マライア、夢主はどうした?」
 何故か一人だけ部屋に戻ってきた彼女にDIOは眉を寄せる。
「夢主様はただ今、デートの準備をしています」
「何ですって?」
 テレンスは首を傾げた。
「今夜、DIO様とデートしてもらいます。その用意ですわ」
 マライアは何故か腕を組み、不機嫌そうにDIOの前に立った。
「それより、DIO様! 夢主様に何てことを言うのですか……! いくら何でもデリカシーが無さすぎます! 好きな女性に向かって体が貧相などと……あまりに酷いです!」
 その言葉にDIOは首を傾げた。
「何?」
「DIO様にそう言われたと夢主様は言っていました」
「何と……そのような事を?」
 それにはテレンスも呆れ、思わずDIOを睨んでしまった。
「なるほど、どうりで……なかなか身を許さないはずですよ」
「自ら首を絞めているようなものですわ」
 二人から冷たく睨まれてDIOは慌てて首を横に振った。
「ま、待て……何の話だ? 私がそのようなことを言うわけがないだろう!」
「言った本人は忘れても、言われた側は覚えているものです」
「いや、しかし……」
 そんな酷いことを言った覚えなどない。欲しいと求めて続けている相手にどうしてそんな事が言えるだろう。
「DIO様と初めて会った時に言われたそうですけど?」
「初めて……?」
 DIOは遠い記憶を探ってみる。夢主が突然寝室に現れてそれから風呂を願い出た時の話だ。
 あの時はまさかこんな関係になるとは思ってもいなかった……その時の失言を夢主はしっかりと覚えていたらしい。
 DIOが口を開けたまま固まるのを見てマライアもテレンスもその発言は本当だったことを知る。
「……あの言葉を気にしているのか?」
「女性なら気にして当たり前です!」
「そうですよ。好きな人からそのようなことを言われて傷つかないはずがないでしょう」
 テレンスは大きな溜息を付いた。
「どうしてこれほど身持ちが堅いのか……これでハッキリしましたね。DIO様の発言がトラウマになっているのです」
「ええ、きっとそうよ」
 二人から言われてDIOは言葉を失うほどにダメージを受けた。思わず背中を丸めて凹んでしまう。
「……でも、それでも夢主様は覚悟を決められました。DIO様もその覚悟をしっかりと受け止めて下さいね」
 マライアは無断でクローゼットを開け、アメリカとローマで買い込んだ夢主のための服を手早く選んでいく。
「覚悟?」
 テレンスが聞き返すとマライアはにっこりと微笑んだ。
「ええ。夢主様は今夜、DIO様に純潔を捧げるつもりよ。そのために私が色々と助言して気を配ったことを お忘れ無きよう」
 マライアの言葉にDIOはぽかんと間抜けな顔を見せている。彼女はそれを見てくすっと笑い、荷物を手にして部屋を出て行こうとする。
「上手くいったら……その時は特別手当てをお願いします」
 華麗なウィンクを残してマライアはパタンとドアを閉めた。
「純潔を捧げる……」
 その言葉の意味するところはただ一つだ。
 テレンスがちらりとDIOを見ると、その意味が分かったらしく珍しく頬を染めているではないか。
「DIO様、良かったですね。ですがあまり無茶をされると……」
「わ、わかっている」
 今まで様々な顔を見てきたが、真っ赤になって照れた表情のDIOはこれが初めてだった。これはもの凄い奇跡を目の前にしているのではないだろうか。
 思わずこちらまで赤くなってしまう。
(なぜ私まで……)
 テレンスは照れるDIOにつられてしまう自分を叱咤した。
「夢主は痛みに耐えられるだろうか……」
 DIOは早くも破瓜の痛みを危惧しているらしい。
「男には分からない痛みですからね……」
 そう答えるのが精一杯だった。
「泣かれるのは困るな……ローションでも用意しておくべきか?」
「……私に聞かれましても……お答えしかねます」
 今やDIO以上に赤いのはテレンスの方だった。
 今からこんな事では明日の朝、夢主の顔を正面から見ることが出来るだろうか……
 一抹の不安を抱えつつも、しかし喜ぶべき事なのだろう。
「参ったな……意識してしまうではないか」
 そう言って頬を染めぶつぶつ呟くDIOをテレンスは暖かく見つめ……そしてこれ以上、妙な質問をされないうちに部屋をそそくさと出て行った。
 

▼閑話17
 人目をはばからず、睦み合われるのがこれほどまでに鬱陶しく感じる事はなかった。
 テレンスはナポリへ帰る支度をしながらソファーやらベッドやらで夢主を腕の中に囲い、彼女の体の至るところへキスをするDIOを視界に映さないようにした。
「ちょっと……DIO……」
 テレンスが居る前でそんなことをされるのが夢主には耐えられないようだ。
(大丈夫ですよ。もう慣れましたからね)
 そう言ってやりたいが、そんなことを言えば彼女はますます照れてしまうだろう。
 DIOはそんな相手に指を伸ばし、よそ見をする夢主の顔を自分の方へ向けさせて唇を奪っている。
(浮かれきってますね、DIO様……十年も待たされたらそうなる気持ちも分かりますが……)
 夢主の服を丁寧に畳みながらテレンスはくすっと笑った。
 ようやく結ばれた二人は周りが呆れるほどの甘い雰囲気を漂わせている。見ているこちらが照れるほどだ。
 しかしそうやって幸せいっぱいの彼らには頬を緩めずにはいられない。特にテレンスは長らくDIOと共に夢主を探す旅に出ていたのでその喜びは誰よりも大きい。
 DIOが日本に居たときは夢主と同じ名の女を求め、渇く心を癒そうとしてさらに渇いていくという悪循環に陥りそうだった。見ていられない……とテレンスは何度思っただろうか。
 それが今や……
「そう照れるな。テレンスなど風景だと思えばいい」
 とろけるように甘い顔をしたDIOはそんな過去など忘れているのだろう。
「風景って……無理だよっ」
 目の前にいるのにそれを無視しろと言う方が無茶だ。夢主はくっついてくるDIOの顔を押し返そうと一人で奮闘している。そんな抵抗も虚しく、手を掴まれてまた胸元に吸い付かれていた。
「ちょっと……!」
「私のものだという証だ」
 強く吸い付いて鬱血を残していくDIOの言葉に夢主は真っ赤になった。
(ああ……それにしても酷い。帝王の風格はどこへ置いてきたのやら……)
 DIOのこのような気の抜けきった顔を他の部下や信者達にはとても見せられない。DIOは孤高でなくてはならないのだ。崇め奉られる、まさに神のごとき存在なのだ。親しみを持たれては困る。
「もう……。テレンスさん、あの……助けてもらえませんか?」
 とうとう夢主はテレンスに助けを求めてきた。DIOはムッとした顔でこちらを睨み付けてくる。
 邪魔をする気か? そう顔に書かれてあった。
「夢主様……私にはまだ仕事が残っています。申し訳ありませんが助けることは出来ません。そのままDIO様のご寵愛を一身にお受け下さい」
 笑みを浮かべてテレンスは荷物を手に寝室を出た。
 少し可哀想な気もするが、しかし、あのお方を籠絡した責任はきっちり取ってもらわなくてはならない。
「……私が老いぼれてもあの方達はあのまま飽きることなく愛し合っているのでしょうね」
 それは簡単に想像がついた。テレンスが丹誠込めて作った真っ白なドレスを着てDIOと共に並ぶ姿は素晴らしいものに違いない。きっと子供もたくさん産むのだろう。その時はぜひ自分に服を作らせて欲しいと思う。
 その時を思い描けばテレンスの胸は熱くなる。
 そして自分は父親のような心境でそれを涙して見ているのだろう……そう思った。


▼閑話18
「WRYYY!! あり得ぬッ! そんなことがこの世にあって許されると思うのかッ!」
 DIOが叫ぶと同時に彼が愛用している300万もするデスクの真ん中がバキバキと悲しい音を立てた。
 職人技が至る所に光る重厚な作りの書斎用の机だ。形あるものはいつか滅びる……そう分かっていてもテレンスには職人たちの嘆きが聞こえてくるようだった。
「DIO様……仕方ないのです。諦めて下さい」
 秘書が居なくなってからその仕事がテレンスに回ってきた。館とDIOの身の回りのことをしながら彼の仕事のサポートまで……何でもこなす天才肌の執事には容易なことだ。
「私は絶対に行かぬ。行くわけがないだろう!」
 アメリカにいる部下と信者達へ顔を見せるだけの簡単な仕事だというのに、DIOはそう言ってさっきから駄々をこねている。テレンスは半ばウンザリした顔でもう一度言葉を繰り返した。
「しかしDIO様……これは組織全体の士気に関わることなのです。あなたがいてこその我々ですからね。ですから出席してもらわないと困るのです」
 テレンスの言葉にDIOは机の端を握りしめてメキメキと破壊させた。
「二週間も夢主と離れて暮らせと言うのか!」
「……すでに十年以上も離れていたでしょう? 今更ですよ。それに比べたら二週間などあっという間です」
 再びWRYYYという声にならない雄叫びが聞こえたがテレンスは無視した。
「それに耐えろと!?」
「耐えて下さい。すぐにまた会えるんですからいいじゃないですか」
 夢主と離れたくなくて子供のように喚くDIOにテレンスは心の中で溜息をついた。
 これで百歳を超えているのだから……とても信じられないが曲げようのない事実だ。
「まだ夢主を一度しか抱いていないというのに……!」
(結局はそこなんですね……)
 夢主を処女から女にした今、じっくりと時間をかけて楽しむ予定だったのだろう。花が咲き、ゆっくりと綻んでいくように夢主の官能を引きずり出して、次第に乱れていく様を賞味するつもりなのだ。
(まったく……夢主様が無自覚で本当に良かった)
 これでもしDIOを虜にしているという自覚があったなら夢主は歴史に名を連ねる悪女になれたかもしれない。
 決して承諾しようとしないDIOにテレンスはとっておきの提案をした。
「では夢主様を共に連れて行きましょう。それなら良いでしょう?」
「おぉ……!」
 悲嘆に暮れていたDIOの顔にぱっと明かりが灯った。急にご機嫌になった主は、
「名案だな」
 そう言ってすぐさま携帯電話を取り出す。
 これで丸く事が収まったとテレンスが部屋を出て行くと、なぜか再び雄叫びが聞こえて来るではないか。
「何事ですか?!」
 恨めしそうな表情でDIOは握り潰したらしい携帯電話の残骸を床に落とした。
「一体? 夢主様は何と?」
「あいつは……このDIOよりも暗殺チームの世話の方が大事らしい……信じられぬ……あれが恋人に対する言葉か?!」
 再び悲観に暮れるDIOを見てテレンスは頭痛がする思いだ。
 仕事と聞いて夢主はついていくのを躊躇ったのだろう。DIOに喜んで仕える女ではないことを本人はまだ分かっていないのだろうか。
「奴らとこの私とどっちが大事なのだッ!」
 DIOに力の限り殴られてとうとう真っ二つに割れてしまったデスクにテレンスは同情する。
(ああ……全く……)
 テレンスはしばし考えてから口にした。
「DIO様……アメリカに行くことはすでに決定事項です。もはや覆せません。ですがDIO様が励めば二週間という期間を縮めることは出来ます。夢主様もこの二週間はさぞかし辛く悲しいことでしょう……きっと涙を流す夜もあるかと思われます。ですがそこをあえて我慢し、DIO様を送り出したのですから……恋人としてもその期待に応えるべきかと思います」
 「夢主も我慢している」「恋人として」を強く強調し、テレンスはDIOの顔を窺った。
 次第に引き締まっていくその表情に今度こそアメリカへ向かう支度が出来そうだと確信する。
「すべては夢主様を寂しく思わせないためです。それが出来るのはDIO様をおいて他にはおりません」
「……それは確かにそうだろう。当たり前のことだ。夢主を満たすのは私一人だけだからな」
 キッと睨まれテレンスは一礼する。
「今すぐ向かうぞッ! マライアに連絡を取れ。荷物など向こうで調達しろッ!」
 足早に廊下を出て行くDIOにテレンスは密かに苦笑しつつその後を追った。


 次々と精力的に仕事をこなすDIOはさすが吸血鬼なだけはある。
 テレンスは感心してしまうほどだ。
 しかしこちらはただの人間。DIOに言わせるならば貧弱極まりない生き物なのだ。
 今にもぶっ倒れそうなテレンスの代わりにマライアと他の部下が交代でDIOをサポートすることになった。
「テレンス、あなた先にイタリアへ帰ってDIO様のためのご褒美を用意しておきなさい」
 いつになく熱意にあふれた様子のDIOを間近で見たマライアの言葉だ。最近手にした「特別手当」で買った大きな宝石がついた指輪をしている。DIOがマライアの働きを褒めた事もあり彼女は有頂天なまでに張り切っていた。
「ご褒美……ですか」
「そうよ。あなたも少しはゆっくりしたいでしょう? このまま帰れば……まぁ言わなくても分かるわよね?」
(ええ、もちろん分かってますとも……)
 テレンスは足繁く夢主の居るあのアジトへ通うことになるだろう。別にそれは苦ではないが、彼女の言うゆっくりするという魅惑的な言葉にテレンスの気持ちはぐらりと傾いた。
「!」
 手帳を見れば丁度、共和国祭と呼ばれる建国記念日のような祝日が数日後にあるではないか。しかも金土日の三連休になっている。まるでこれまでのテレンスの苦労をねぎらうかのようだ。
 テレンスの頭の中で次々に予定が組み立てられていく。
 まずはあの破損したデスクを新たに買い直し、二人のための食材と菓子を山ほど冷蔵庫に詰め込んでおけばいい。夢主なら料理も洗濯にも困らない上、DIOのために血を集めてくる必要すらない。DIOが帰ってくる頃を見計らって夢主をあの館に押し込むだけの簡単な作業だ。テレンスが休暇を楽しんでいる間、二人きりでたっぷりと愛を囁きあえば夢主不足でイライラしているDIOは満足するに違いなかった。
「マライア、では後はお任せしました!」
 テレンスは一言残しそうして颯爽とアメリカを発った。


▼閑話19
 未だ眠りに落ちている夢主の寝顔を彼女よりも少し早く目が覚めたDIOが隣からじっと眺めている。
 にやにやと思い出し笑いをする緩みきった口元でも、その美しい美貌は少しも色あせることはない。
「夢主……」
 髪に指先を絡めては静かにほどく。そんなことを繰り返しているだけでも幸せに思えるから不思議だ。
 すぐに手の届く範囲に愛しい人がいるこの距離がいい。アメリカで夢主を想う度に不安と寂しさに苛まれ、それを散らすために寝ずに働いた。おかげで早く終えることが出来てここへ戻ってこれたのだ。
(テレンス、お前はいい執事だ)
 長年仕えているだけあってDIOのことをよく分かっている。もはやスタンドを使って心を読む必要もないだろう。
 館に戻ればテレンスの代わりに夢主が出迎えてくれた。聞けば連休の間この館で共に過ごす事になっているという。食材は買い込まれていたので二人は外へ出る必要もなく、邪魔する者も居ないので思う存分夢主とくっついて居られる素晴らしい時間が待っていた。
(マライア同様、後で特別手当をやろう)
 そのほとんどが趣味に消えるのだろうがDIOには関係ない。執事は手当をもらって喜び、DIOも夢主が側にいることを喜び、夢主だって色々と悦んでいる。全員が幸せ一杯だ。実に素晴らしい。
「早く目を覚ませ……お前の声が聞きたい」
 そっと頬を撫で首筋をなぞり、力ない手を掴んでそこに口付ける。深い眠りに落ちているのか夢主はそうされても目を覚まさなかった。
「夢主……その目で私を見ろ」
 強い意志と生命力に溢れた目はDIOの心臓を打ち抜き、悦びで濡れた目はDIOを惑わせ溺れさせていくばかりだ。
 夢主の手を握りしめてDIOは手の甲へもう一度キスを送った。
 腕輪ではなく確かな証の指輪をこの指に嵌めて欲しいと思う。
 左手の薬指を見ながらDIOはどんなデザインのものが似合うかあれこれと考えてみる。
 尽きない想いを乗せて触れるだけのキスを夢主の唇にそっと落とした。


▼閑話20
 ジョルノが館を訪れたとき、いつも出迎えてくれるはずのテレンスの姿がなかった。
 今日は日曜日。三連休の最終日だ。誰もが家で家族と過ごす中、ジョルノも渋々とそれに従っている。
 DIOの父親面は今でも不愉快だが、その有り余る知識と人心を掌握する術は彼の隣に並ぶ者はいないだろう。
 ジョルノは父親に会いに来ているという気持ちはない。ただその手腕を少しでも自分に身につけたい、そう思っての訪問だった。それにここには豊富な量の本が並ぶ図書室が二階にある。ジョルノはいつでも気軽に返却期間など気にせず借りられるそこを大いに気に入っていた。
 執事の出迎えが無くても館のことは隅々まで分かっている。ジョルノは特に気にすることなく二階へ向かった。
 扉を押し開くといつもと違った空気が中から流れてくる。首を傾げるジョルノの前に小さな布きれが床の上に落ちていた。
「これは?」
 手にとって広げてみると……
「女性のショーツ……?」
 レースがついたそれは可愛らしくも男の目を意識した物だった。思わず頬を染めてジョルノはそれを元に戻した。
「……寝室に行くのが嫌になりますね……」
 ある程度の予想はしたが……やはりそこに夢主がいた。ベッドの上で汗をかきながら昏々と眠り続けている。裸ではなさそうなことに安堵して、眠る彼女を眺めているDIOに鋭い視線を投げた。
「パードレ……どういうことですか」
「うぅむ……どうも、熱があるようだ……」
 夢主の顔は赤く、汗を大量にかいて濡れた髪が肌に張り付いていた。
「どうもじゃないですよ。完全に熱を出してます。テレンスはどこですか? 今すぐ氷を用意して熱を下げないと……」
「テレンスは不在だ。この連休の間、休暇を取っている」
 DIOの言葉にジョルノは眉を寄せた。
「それで……あなたは何もせずただ見ているだけですか? 全く……いい歳をして熱の下げ方も知らないと?」
 ジョルノの言葉にDIOは低く唸った。
 夢主がこうなったのは彼の責任だ。昨夜、あまりに可愛いことばかりを言う夢主に煽られて際限なく求めてしまったせいだ。夢主が急にくたりと力を抜いて眠りに落ちていったのだが……今思うと、あまりの快感に堪えきれずに気を失ったのだろう。そうとは知らずDIOは口づけて抱きしめて満足した心地で同じく眠りに落ちた。
 ……で、目が覚めてみると夢主は具合を悪くして寝込んでいた……。
「ボサッとせず、さぁ、ほら手伝ってもらいますよ。ああ……こんなに汗に濡れて可哀想に……パードレは今すぐ冷凍庫から氷を持ってきてください」
 ジョルノに促されてDIOはベッドから身を起こした。ジョルノの前に何も着ていない父親の裸体が広がって思わずスタンドで殴りつけてしまう。
「あんたって人は……! 露出狂ですか! 服を着ろッ!」
 ジョルノはDIOを視界から追い出し、バスルームから持ってきたタオルで彼女の汗を優しく拭った。
「どうしてあんな人がいいんですか? 僕は理解に苦しみます……」
 夢主に話しかけながらジョルノは溜息をついた。
「おいジョルノ、氷を持ってきたぞ」
 そう言って大きな手のひら一杯に氷を持ったDIOを見てジョルノの方こそ熱が出てしまいそうだ。
「氷をそのまま持ってきてどうするんですか……ッ!」
 熱にうなされる夢主の耳にジョルノのそんな怒声が響いてきた。


▼閑話21
 床の上には、ビリビリに引き裂かれた白い布が無惨に散っている……
 テレンスはそれをDIOの寝室で見咎めて大きな溜息をついた。
 あれを手に入れるのにどれほど苦労し、どれほどの大金をつぎ込んだか……主は知らないからこそ出来るのだろうか。
 いや、たとえ知っていても同じようにするだろう……テレンスにはそれが分かった。
 外では太陽が昇る時間でもこの寝室だけは常に夜が訪れている。
 ベッドの上で抱き合って眠る二人を邪魔する勇気などテレンスは持ち合わせていない。
 床の掃除も何もかも諦めて、扉をそっと静かに閉めた。
(どうぞ末永く、お幸せに)


 終



▼閑話22
 リキエル、ウンガロ、ドナテロの三人はそれぞれ母親が違う異母兄弟だ。
 おかげで散々な少年時代を送ってきた彼らだったが、プッチ神父の元に引き取られ、死んだと思っていた父親が実は生きていた事実を知ってからはかなりまともな道を歩き始める事となった。
 住宅街から少し離れた所に位置する教会が今の三人にとって帰るべき家だ。ハイスクールから帰ってきた彼らはその敷地内の庭先で花の手入れをする一人の女性と目があった。
「お帰りなさい」
 そう言って微笑む相手を見て最初は近所に住む留学生の一人だと思った。ボランティアか何かで教会の掃除を手伝っているのだと。
「……えっと、ただいま?」
 知らない人ながらもリキエルは返事をした。それを聞いた相手は満面の笑みを浮かべる。自分たちに会えて心から嬉しい、そんな表情だった。
 これにはウンガロとドナテロも驚いてしまった。見るからに問題児の三人を好奇や同情と共に厄介者として煙たく思う輩だっているのだ。そんな奴らが浮かべる笑顔とはまるで違う。
「そろそろお茶の時間だね。お土産に持ってきたお菓子、みんなで食べようか」
 雑草を引き抜いていたらしく、泥で汚れた手を払いながらそんな事を言った。

「紅茶? コーヒー? それともコーラ?」
 すでにキッチンがどこにあるかを把握していた女性は誰に断る事もなく湯を沸かし、冷蔵庫を開け放つ。三人はそれをポカンと見つめながらも次第に状況が飲み込めてきた。
「まさか……シスター?」
「住み込みの?」
「ありえねぇ……」
 三人はお菓子に手を伸ばしつつ、ひそひそと話し合った。
「僕は別にいいけど……」
「マジかよ、リキエル。口うるさく説教されるなんて嫌だぜ、俺……」
 ウンガロは隣に座ったリキエルを信じられないような目で見た。
「ああ、うるさいのはプッチ神父だけで十分だ」
 ドナテロは心底、嫌そうな表情を浮かべる。
「はいどうぞ」
 コーラの注がれたグラスが三つと紅茶が入ったカップがテーブルの上に並んだ。彼らの前の椅子に腰掛けた女はお菓子に手を伸ばす。
「この店のチョコ、大好きなの。本当に美味しいよね」
 なんてのんびりした声で言うものだから三人は毒気が抜かれてしまった。
「おや、夢主様。こちらでしたか」
 両手に食材を山ほど抱えたテレンスが不意にキッチンのドアから顔を見せた。
「うわぁ、すごい量ですね……」
「食べ盛りが大勢いますからね」
 テレンスは食材を調理台の上に置き、買ってきた野菜や肉を袋から出して並べていく。
「私も手伝います。まずは何をしたらいいですか?」
「すみません……ですが助かります」
 そうして料理を始めようとする二人にウンガロが慌てて口を挟んだ。
「ちょ、待てよ! テレンス、お前いつ来たんだ?」
「馬鹿、それよりも先に聞く事があるだろ」
 リキエルは肘でウンガロの脇腹を突いた。
「その女は……誰なんだ?」
 ドナテロの低い声を聞いて包丁を持った二人が振り返る。
「誰も何も……こちらの女性は夢主様です。DIO様が長らく探し求めていらした御方ですよ」
「えっと、どうも……初めまして」
 夢主です。と照れながら挨拶をする相手を三人は指さしながら大声で叫んだ。
「え! じゃあ……ダディの言ってた!?」
「マジかよッ!」
「本当にいたのか……」
 リキエルは呆然とし、ウンガロは椅子を引き倒しながら身を乗り出した。ドナテロは大きく目を見張って夢主を上から下まで眺める。
「説明されていなかったのですか?」
「だって、どう言ったらいいか分からなくて……」
 テレンスに聞かれて夢主は困った顔を浮かべる。自らDIOの恋人だと息子達の前で言う勇気はなかったのだ。
「スゲェ……マジで探し出したのかあの親父……」
 ウンガロは今まで幻だった相手が確かな存在としてここにいる奇跡に驚いてしまう。
「執念だね」
「ふぅん……」
 リキエルもドナテロも噂の夢主から目が離せなかった。
 三人からジッと見つめられて夢主はその強い視線を避けるように顔を俯かせる。気を紛らすためにザクザクと野菜を切っても、背中を刺すように見つめてくるので夢主は居心地が悪くて仕方ない。
「ここにいたのか」
 不意にドアから彼らの父親が姿を見せると、テレンスは素早く動いてキッチンの窓にカーテンを引く。光を遮られて暗くなった部屋にパッと電気の光を灯した。
「お帰りなさい、ダディ」
「ああ、お前達。久しぶりだな」
 DIOはリキエルたちにそう言うと、野菜を切る手を止めた夢主に近づいておもむろに後ろから抱きしめた。
「!?」
 驚く三人と夢主の前でDIOはそのまま頭の頂にキスをして、耳から頬、それからうなじを唇で啄んでいくではないか。
「DIO……!」
 隣でDIOがそんなことをしようとも、もはや見慣れたテレンスは黙々と作業を続ける。鍋に水を張る音がキスの濡れた音をかき消した。
「あ、あのね、ここは教会なんだよ?」
 抱きしめてくる腕を引き剥がそうと夢主は必死で藻掻く。
「それがどうした?」
「それに、みんなのいる前で……こんな……!」
 DIOはフッと笑うと夢主の手から包丁を取り上げてシンクの中へ放り入れる。耳たぶを噛んで文句ばかりを言う夢主の唇にキスをした。
「教会ではなく子供達の前でなければよいのだな」
 体を抱え上げられそうになって夢主は慌てて隣にいたテレンスにしがみついた。
「テレンスさん! 助けて下さい!」
「夢主様がアメリカにお着きになるのを朝から楽しみにしていましたからね……仕方ないでしょう」
 諦めて下さい、と言わんばかりの言葉に夢主が青くなっていると背後から声を掛けられた。
「もしかして……その人が僕らの新しいママ?」
 リキエルの言葉に他の二人の表情が硬くなる。家族にはいい思い出がない。特に義父など最悪だった。それが今度は義母だなんて……どう転んでも上手くやっていける自信がない。
「ママ? ほう……そうか。母親か」
 DIOは今気がついたとばかりに何度もその単語を繰り返す。
「なかなかいい響きではないか」
 DIOは彼らの前にある空いた椅子に腰掛けると、この場から逃げ出そうとする夢主を難なく捕まえて膝上に置いた。
「DIO……!」
 声を荒げる夢主を無視してDIOは幸せそうな笑顔で三人に微笑みかける。
「お前達の新しい母親だ」
 事も無げにそう報告した。呆気にとられたのは三人だけではなく夢主だってそうだ。そんな気はまるでないのだから。
「ち、ちが……! もう、何てこと言うの!」
「だが本当のことだろう?」
「まだ結婚もしてないのに母親になんてなれるわけないでしょ!」
 どうにかして膝上から降りようとする夢主をDIOは抱きしめて離さない。そのにやつく顔にウンガロが意外そうに言った。
「結婚してねぇの?」
「今はまだと言うだけだ」
「しないよっ、DIOとは」
 DIOの幸せそうな声に夢主の言葉が重なった瞬間、その場の空気がピシリと凍った。テレンスも驚きで包丁を床に落としてしまうほどの破壊力を持った言葉だった。
「……何だと?」
 静まりかえるキッチン内に低い声が響く。リキエルとウンガロとドナテロは初めて見る父親の怒りの表情にゾッとした。急激に温度が冷えていく室内で誰かがごくりと喉を鳴らす小さな音がする。
「それはどういう事だ? 私以外の誰と結ばれるつもりだ?」
 背後からDIOの整った爪がスゥッと夢主の喉元を撫で上げる。事と次第によってはその者を血祭りにあげなくてはならない。
「リゾットか? ギアッチョか? プロシュートあたりも怪しいな……まさかジョルノではないだろうな?」
「な、何言ってるの……」
 夢主はぶるぶると首を横に振って小さな声で呟いた。
「そうじゃなくて……」
「ではどういうつもりなのだッ!」
 まさかこんな修羅場を見せられることになるなんて……三人はただもう驚くばかりだ。テレンスに目をやれば彼もこればかりは収拾がつけられそうになく、固唾を飲んで見守るほかなかった。
「みんなが成人して……結婚してから……」
 夢主は恥ずかしそうに顔を覆ってぼそぼそと話した。
「だからDIOとは、まだ……その……」
「みんなとは……まさか息子達のことなのか?」
 DIOは目の前の三人を見つめた。彼らは夢主の言葉に瞬きを繰り返している。
「俺ら?」
「僕たちが成人するまで?」
「親父とは結婚しない……って?」
 プッと一番に吹き出したのはドナテロだ。愉快そうに腹を抱えて大げさに笑った。
「そいつは面白れぇ!」
「ギャハハ! 変な女!」
 二人が笑う横でリキエルも小さく笑う。馬鹿にしているのではなく、純粋に可笑しかった。こんな自分たちに気を遣ってくれる夢主が珍しくて妙で、でも少し嬉しかったのも事実だ。
「なかなか誠実な事を言うね」
 ドアから顔を見せたプッチはくすくすと笑いながらDIOの隣に腰掛けた。
「君の息子達が結婚するまであと何年かかるかな?」
 プッチがDIOを見ると彼は真剣な目で三人を見ている。
「確か十六歳で結婚できる州があったな……親の許可さえあれば……」
 その言葉に三人は顔を引きつらせる。
「テレンス、イタリアでは何歳からだ?」
「同じく十六歳からだと……」
 テレンスの言葉にDIOはニヤリと笑った。ジョルノはちょうど十六歳だ。
「そうか……よし、私にまかせておけ。いい女を適当に見繕ってきてやろう。それと早々に結婚し私にも幸せを分けるがいい」
「ふざけんな」
 DIOの言葉にウンガロはそんな言葉をぶつける。リキエルもあり得ないとばかりに首を横に振った。
「これだからな……あんた、こんなのと結婚したら無茶苦茶な人生だぜ?」
 父親をこんなの扱いしたドナテロはそんなことを言う。結婚していなくともすでにそんな人生を歩んでいる夢主は苦笑するばかりだ。
「適当なのが嫌だというのなら……ドナテロ、お前にも好きな女の一人くらいいるだろう。教えるがいい。そいつと結婚させてやろう」
「……付き合ってられない」
 ドナテロはガタンと椅子を引いて立ち上がる。それにリキエルとウンガロが続いた。
「僕、宿題をしなくちゃ……」
「俺も……」
 三人はぞろぞろと部屋を出て行ってしまう。
「……ああ見えて、意外と照れ屋だとは」
 好きな女を教えたくないので逃げ出したと勘違いしたDIOはそんなことを言う。
 抱きしめられたままの夢主と料理の最中のテレンスは溜息をつき、プッチだけが愉快そうに微笑んだ。


 ……翌朝。
 朝食の支度をしようとしたテレンスはリビングのソファーで眠る少年三人組を見て不思議そうに首を傾げた。
「リキエル? どうしてこのようなところで寝ているのですか?」
 一番、寝起きのいい彼に声を掛けてみた。ウンガロはテレンスに気付くことなくグウグウと寝入り、ドナテロはちらりとこちらを睨んでくる。
「……テレンス……あのさ、ダディたちは何時になったらイタリアに帰るの?」
 父親好きな彼の口からそんな言葉が出るとは……
「昨日のことを気にしているんですか? あれはDIO様の気まぐれですから、無理に結婚など……」
 リキエルは違うと言いたそうにゆっくりと頭を振った。目の下に大きな隈を作っている。
「そうじゃなくて……はぁ……」
「ハッキリ言えよ、リキエル。あのクソ親父のせいで俺らは寝不足だって」
「そうだけど……だって……」
 歯切れの悪いリキエルと不機嫌なドナテロを交互に見比べた。
「テレンス、僕らの部屋の隣は客間だよね。昨日は彼女がそこを使ったでしょ?」
「ええ……DIO様は一階、夢主様は二階の客間に案内しましたが……」
 何となく予想が付いてきた。いや、ズバリそうなのだろう。
 この五日間、DIOは仕事に励み、後から来るという夢主を心待ちにしていた。そして昨日ようやく夢主がアメリカの地を踏み、修羅場になるかと思われた息子達との対面も実に穏やかに済ますことが出来た。テレンスはホッとしつつ早々に就寝したが……
「まさか……」
「そのまさかだよ。クソッ……! あんなの聞かされて部屋で寝られるわけねぇだろッ!」
 チッと舌打ちをするドナテロの顔は真っ赤になっていた。
 隣の部屋で愛し合う二人の物音は思春期真っ只中の彼らにとって、それはそれは辛いものがあっただろう。
「僕、彼女と顔を合わす勇気がないよ……」
 リキエルはソファーに顔を埋めてしまった。
 その後の朝食では、顔を赤らめる四人が口数少なく食事を取るという痛々しい風景があったが、テレンスにはどうすることも出来なかった。
 三人がプッチに願い出ても愛し合うことは当然のことだと言ってDIOの肩を持つばかりだ。
「あのクソ親父……風呂まで一緒だったぞ……」
 ドナテロが風呂に入ろうとバスルームを開けたら湯船に二人で浸かる姿があった。
「もう、嫌だ……リビングでも始めるんだよ!」
 テレビを見ようとしたリキエルの隣で、嫌がる夢主を捕まえたDIOが至る所へキスをし始めてしまう。
「ああ……もう帰ってくれねぇかな……俺、寝不足でマジ死にそう……」
 ウンガロはソファーで寝るのに疲れ果ててしまった。
 結局、DIOがイタリアへ帰るまでの四日間、彼らに平穏が訪れることはなかった。

 終




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