閑話1−11


 テレンスは一枚の隠し撮りされた写真をしばし眺めた。
「これが……ジョルノ様? 報告では日本人とのハーフとありましたが……」
 写真に写った彼はDIO譲りの金髪を風に靡かせている。
「ここ最近で髪の色が変化したらしいわ。詳しくは私にも分からない」
 マライアはふーっと煙草の煙を吐きながらテレンスの言葉に返事をした。
「そのようなことが?」
「あるんでしょうね。DIO様の息子なら何が起こっても不思議じゃない……そうでしょ?」
 この十年の間で再び部下となったマライアは大きなソファーにゆったりと腰掛けてご自慢の長い脚を組み替えた。
「それにしても……あなたも老けたわね」
 くすっとマライアに笑われて、
「それはあなたもでしょう?」
 テレンスはそっくりそのまま返してやった。
「なのにDIO様は一切お変わりにならない。ああ、羨ましい……」
 マライアはすでに三十代後半に差し掛かっている。若い頃の弾ける肌つやを思いだして溜息を付いた。
「いっそのこと、私も吸血鬼になりたい……」
 マライアはため息をこぼしながらグラスを傾けた。
「それで、あなたたちの旅はまだ終わらないの?」
「ええ。DIO様が見つけ出されるか、それともお諦めになるか……どちらかでしょうね」
「あの方が諦めると思う?」
 テレンスは肩を竦めた。その質問に答えるのは野暮というものだ。
「しばらくはこの屋敷を拠点としてイタリアをあちこち巡るでしょうね。ジョルノ様にも会いに行かれる様子ですし」
「ふふ、DIO様の息子らしい面構えね」
 テーブルに置かれた写真をちらりと見て、マライアはそれに煙草の煙を吹き付けた。
「私も行く先々で夢主様を探しているけれど、まるで雲をつかむような話だわ」
「そうですね……ですが探さずにはいられないのでしょう」
「それほどに愛されているなんて……羨ましい……」
 うっとりと呟くマライアにテレンスは肩を竦める。
「これで報告は終わりよ。私はまたアメリカに戻るわ。ああ、プッチ神父からの手紙を渡しておくわね」
 バサリと手紙の束をテーブルの上に置く。そこには神父だけでなくDIOの息子たちからの手紙も混じっているようだった。
「どうも」
(彼らと出会った時と同じように今回の親子の対面もきっと修羅場になるのでしょうね……)
 グラスを揺らしながらその時のことを思うとテレンスは苦笑するしかなかった。


▼閑話2
 爽やかな春風が吹き渡り、校舎の向こうから学生寮にまで生命力に溢れる木々の香りを運んできてくれる。
 そんな穏やかな風が舞い込んでくる窓をジョルノはパタンと閉めた。
 日が落ち、すでに夕食を終えた学生達は出された宿題を片付けたり、友人とテレビを見たりと様々に過ごしている。ジョルノも宿題を終わらせて図書室で借りてきた本を手にこの静かな夜を過ごしていた。
 実家にいる時とは比べ物にならないほど自由だ。進学と共に寮に入ることを喜んだのは義父ではなくジョルノ自身だった。
「それにしても今夜は静かだな」
 いつも夜遅くまで騒いでいる上の学年の生徒たちはもう眠ってしまったのだろうか。それとも間近に控えたテストを前に頭を抱えているのだろうか。
 それならそれで本を読むには最適な静けさだ。ジョルノは読み耽っている本を机の上に置き、昼間買ってきたジュースに手を伸ばした。すると本のページが勝手にパラパラと捲れていくではないか。閉めたはずの窓から再び春風が舞い込んできたらしい。
「お前がジョルノ・ジョバァーナか」
 そう言われてジョルノはパッと背後を振り返った。窓に背中を預けて見たこともない美しい青年が立っている。
「……」
 夜の突然の訪問者を受けたジョルノは警戒を強めた。それに見たこともないと言ったが相手の顔を知っている自分に気付く。
「誰です?」
 努めて冷静な声を出した。
「私の顔を知らぬのか? ディオ・ブランドー、お前の父親だ」
 フッと静かに笑うその様が異様なまでに美しい。見る者すべてを虜にする圧倒的な魅力にあふれていた。
「父親? 確かに僕の父はディオ・ブランドーという男だが……しかし、」
 ジョルノの足下からぞわぞわとした恐怖が這い上がってくる。
 何年も前に死んだはずの父親がこうして目の前に現れたら誰だって恐怖を感じるだろう。ジョルノは椅子に縛り付けられたかのように身動きが取れなくなった。
「幽霊……?」
「フン、そのように思うか?」
 DIOは近づいてジョルノの学生服の襟元をぐいっと広げた。彼の左肩には自分と同じ星のアザがしっかりと刻み込まれている。
「確かに私の息子のようだな」
 DIOの冷たい手と吐息にジョルノは目の前の人物が幽霊ではないことを知る。
「これが見えるか?」
 DIOは背後にザ・ワールドを出現させた。ジョルノは目を見開いてそのスタンドを眺める。自分とは違う造形のスタンドだ。他の人の目には見えないこれを生きていた父親も持っているらしい。
「ほう、見えているな? 髪の変色の理由はスタンドが原因か」
 そう言って同じ色になった髪を撫でてくる。ジョルノはその手をバシッと払い除けた。
「何ですかアンタ……会いに来るなりもう父親を気取るんですか? ……僕に触るな」
 鋭く睨み付けられてもDIOは愉快そうだ。アメリカで初めて息子たちに出会った時もジョルノと同じような目つきだったことを思い出す。
「そう言うな、ジョルノ」
 DIOの優しい声に思わず身震いする。気分が悪くなりそうだった。
「女がお前を訪ねて来なかったか? 名は夢主と言うのだが……」
 ジョルノは理解しがたいように眉を寄せる。そんな人、ジョルノは知らなかった。
「知りませんね……僕の母親の名前でないことだけは確かですけど」
 鼻で笑うジョルノにDIOは笑みを浮かべる。
「ああ、そうだろうな。確かにそれとは違う」
 母親をそれ扱いされたジョルノは憎々しげに顔を歪める。
「怒るな、ジョルノ」
「気安く名を呼ばないで下さい。僕はあんたを父親だとは認めていません」
「ではあの薄汚い養父がお前の父親だと?」
 ジョルノは冷たい視線でDIOを射貫いた。燃えるような怒りが目に込められている。
「まさかでしょう? あんなクズ、僕には関係ない」
 DIOはふっと笑って窓枠に足をかけた。
「私はここにいる。いつでも訪ねてこい」
 DIOは館の住所が書かれた紙をひらりと床に落とした。
「私もお前に興味がある。また来させてもらうぞ」
 そう言って四階の窓から飛び降りていく。スタンドを使わず、自分の足で着地を決めたDIOにジョルノは少しばかり驚いた。痛みや衝撃を受けていないようだ。そしてそのまま暗い校舎の影の中を悠々と歩き去っていった。
「ふざけるな……ッ!」
 ジョルノはDIOが残していった紙をビリビリと力強く破り捨てた。
 
 
▼閑話3
「来ないで下さい」
「そう言うな」
 のれんに腕押し……とは、まさにこのことを言うのだろう。
「今すぐ帰って下さい。いや、帰れ」
「お前も段々と口汚くなってきたな……それも遺伝か?」
 ベッドの上で寝っ転がったDIOに言われてジョルノは顔をしかめた。
「あなたの血が流れていると思うだけで寒気がする……!」
「そうか。ならば窓を閉めておけ」
 DIOは気のない返事を返しながら若者が読む雑誌を熱心に読み耽っている。
 ジョルノのベッドはいつもそうして相手に横取られてしまう。どれだけ来ないで欲しいと言ってもDIOはジョルノの部屋を訪ねてくる。以前は五日に一度だったのが最近はほぼ毎日だ。
「あなたを父親だとは認めない」
 ジョルノがそう言い放っても、
「別にそれで構わぬ」
 とDIOは気にもしていない様子だ。それがまた腹の立つ態度なのでジョルノの機嫌は下がる一方だった。
「どうして来るんですか」
 イライラとしながらジョルノは背後を振り返った。明日はテストだというのに後ろでのんきに雑誌を読まれているのが堪らなく嫌だった。
「どうしてだと?」
 雑誌から目を離し、DIOは自分によく似たジョルノを見つめた。
「お前を知りたいからだ、ジョルノ」
 DIOは静かに雑誌を閉じた。
「お前の持つ人間性を知っておきたい。我が息子でありながら忌まわしいジョースターの血統をも受け継いでいる。そんなお前が興味深いのだ。この先、どちらの血が強く作用するか実に楽しみだ」
 ジョルノには訳が分からないが、何となく実験体のように言われて不愉快になる。
「今すぐ帰れ」
「怒ったのか? お前もまだ子供だな……」
 そう言うDIOにジョルノはスタンドを出して思い切り殴りかかった。
「無駄だ」
 ついさっきまでベッドの上にいたDIOはいつの間にか窓際へと移動している。おかげで殴られたベッドは散々なことになってしまった。
「テストに励め。若者よ」
 DIOは笑いながら窓から姿を消した。残ったジョルノは教科書を床にたたきつけて感情のままに喚く。聞きつけた寮監が部屋に来るまでジョルノの怒りと苛立ちは収まらなかった。


▼閑話4
 春の花々が咲き乱れる庭先でテレンスがそれらを手折っていると玄関に横付けされるタクシーに気付いた。
 花を抱えたまま出迎えればDIOの息子のジョルノだった。
「ようこそ、ジョルノ様」
「……どうも」
 あと一ヶ月で十六歳を迎える彼はDIOから受け継いだとは思えない爽やかな風貌をテレンスに見せた。
「DIO様はまだお休みになられています。リビングでお待ち下さい。すぐに飲み物をご用意します」
 テレンスは館の中に戻り、花束を玄関ホールに置いて一番奥に位置するリビングに向けて歩き始める。
 ここに居を構えて早くも一年が過ぎた。相変わらず探し物は見つからないが、DIOは息子のジョルノと出会えた事に少なからず喜んでいるようだった。
 最初、かなり邪険に扱われていた父親も諦めることなく何度も通ったおかげで、親子の修復は未だ出来ずともそれ以上壊れることはないようだ。
「どうぞ」
 広いソファーに腰掛けた彼に飲み物とささやかな茶菓子を差し出す。ジョルノはグラッツェと一言いってそれらに手を伸ばした。
「お急ぎならDIO様を起こして参りますが?」
「いえ、たいしたことじゃないので」
 素っ気ないそんな態度も以前のような刺々しく頑ななものと比べれば随分と柔らかくなった。彼の態度を軟化させたものは何だろうか。
(まぁ、あれほどしつこく通われたら何もかも面倒になるのは分かりますがね……)
 テレンスは心の中でくすっと笑いながらDIOとジョルノの心中を思う。
 何かご用がありましたら、と言いかけたテレンスをジョルノがひたと見つめてくる。何かを知りたがっている目だった。
「夢主……という人はパードレにとって何です? テレンス、執事のあなたなら知っているでしょう?」
「DIO様からお聞きになりましたか?」
 息子にする話としてはあまり相応しくないように思うが、DIOはそんな事など気にもしていないのだろう。
「ええ、まぁ。でも信じられなくて……パードレが言うようなそんな女性が本当に居るんですか?」
「ふふ……どうお伝えしたのかは分かりませんが、確かに居ましたよ」
 エジプトのあの館で過ごした日々をテレンスだってしっかりと覚えている。忘れられるはずがない。
「テレンスから見たその人はどうです? パードレは馬鹿みたいにベタ褒めしてましたけど……」
 ジョルノの言葉に苦笑してテレンスは遠い過去を思いだした。
「そうですね……変わった人には違いないでしょう。私たちと一緒に居ても平気だった訳ですからね」
 館の中は常に暗く、餌の女の死体があちこちに転がっていた。もちろんアイスが片付けていたがそれでも痕跡は残る。それを見ても夢主はDIOだから仕方ないというような態度だった。テレンスとアイスにも愛想良く笑いかけてくれたし、それに何よりDIOに敬称をつけることは決してなかった。
「DIO様とあれほど対等に会話が出来るのは彼女だけでしたね。無謀というか立場も何も考えてないというか……それでも優しく、一緒にいて楽しい方でしたよ」
「……」
 ジョルノはテレンスの言葉にじっと聞き入っている。思わず目頭が熱くなってくるのはその彼女がどこに行ったか分からぬまま十二年が過ぎようとしているからだ。DIOは決して諦めないだろう。テレンスやジョルノが死に、夢主が同じく寿命を全うしても魂を追い求めるに違いないと確信している。
「出来れば私が生きてDIO様に仕えているうちに再会して欲しいものです……」
 もはやそれだけがテレンスの望みだった。
「パードレはどうでもいいですが、その人にだけは僕も会ってみたいな……」
 ジョルノはジュースを飲みながら窓から見える海をぼんやりと眺めた。


「話というのはそれか!?」
 寝起きのDIOにはジョルノが言った言葉が理解できなかったのだろうか。
 ジョルノは躊躇いなくもう一度口にした。
「ええ、僕はギャングに入団しました」
「おやまぁ、何と……」
 隣で聞いていたテレンスもそんな言葉しか出てこなかった。ジョルノの夢はギャング・スターになることだという。しかもすでにその夢への一歩は踏み出していて、昨日、パッショーネとか言うギャング組織に入団したらしい。
「お、お前という奴は……」
 DIOは額を手で覆ってソファーにふらりと腰掛けた。
 普通の親ならあまりのことにショックを受けるだろう。だが彼の親は普通ではなかった。
「クク……ハハハ……!」
 DIOは静かに笑い出し、愉快そうな笑顔を向けてくる。
「さすが私の子だ。まさかギャングになるのが夢とはな……素晴らしい」
 むしろDIOは褒めてしまった。テレンスは呆れてしまうがすでに入団したのなら取り消すことも出来ないだろう。
「無論、のし上がっていくのだろうな? 下っ端などこのDIOが許さん」
「当たり前ですよ。僕の夢を何だと思っているんです?」
 そう言ってジョルノはDIOから顔を背けた。
「弁護士になりたいというよりはマシだな。頑張るがいい」
 ジョルノはDIOが一切、反対しなかったことに驚いた。
「今ほどパードレがパードレであって良かったと思ったことはないですよ」
 くすっと笑ってジョルノはすぐに背中を向けた。これからチームの仲間に会いに行くという。
「どうもスタンド使いが組織の中に大勢いるようです」
「ほう」
 聞き逃せない言葉にDIOは片眉を上げた。
「話はそれだけです。それでは、チャオ」
 爽やかな風を残してジョルノは去っていく。テレンスはその背中を少し不安そうに見送った。
「よろしいのですか、DIO様」
「フフ、構わぬ。あいつがどこまでやれるか楽しみではないか」
「それにしてもギャングとは……まぁ、DIO様の息子らしいといえば確かにそうですが……」
 ゆっくりと、しかし確実に世界を支配しつつあるDIOにテレンスは肩を竦めた。この親子の行く末が心配だ。
「パッショーネか……いいぞ。私の勢力を伸ばすにもちょうど邪魔だったのだ」
 DIOはニタリと人の悪い笑みを浮かべてテレンスに向き直る。
「ボスの正体を探る者は確実に殺されるという。のし上がるのは苦労するだろうが……奴なら問題ないはずだ」
「そのボスとやらもスタンド使いでしょうか?」
 ジョルノが受けた入団試験ではエンヤ婆が持っていたあの矢が使われたらしい。
「おそらくそうだろう。楽しみだな」
 息子の安否よりも楽しみを優先するDIOにテレンスは眉を寄せた。

 それからジョルノが十六歳の誕生日を迎えるまでの短い間に彼はその組織を乗っ取ってしまったのだから……
「さすがDIO様のご子息というか、恐ろしい血統というべきか……」
 テレンスはジョルノの才能を見抜いていたDIOに感服する。
 きらびやかな親子が頂点に君臨するこの組織の未来を思うと、テレンスは今から寒気と共に妙な期待までもが心中に渦巻いてしまった。


▼閑話5
 暗い廊下をテレンスが布を手に歩いていると反対側から女が歩いてきた。
 半年ほど前に部下となったモーラという女だ。DIOの秘書として様々なスケジュールを調整し、まれにパートナーとしてパーティに参加している事もある。むちむちとした肉体は彼女がスタンド使いでなければDIO好みの主食になれただろう。
「あら、テレンス」
「……何かご用でも?」
 初めて会った時からこの女とはソリが合わないと感じた。今ではそれは正しかったことを思う。
「また布を買い込んできたの? あなたも好きね……ま、せいぜいお人形さんごっこに励みなさいよ」
 フフ、と憎たらしい笑いを浮かべて廊下を歩いていく。
 DIOの一番近くに居ることを誇りに思うのはいい。だがそれを振り回されては困る。テレンスは眉を寄せつつ自室へ戻ると……何故かそこにDIOが居た。
「? いかがなさいました?」
「ああ……あの秘書から隠れている」
「……は?」
 テレンスはDIOの言葉が理解できなかった。
(隠れている?)
「おまえたちは仲が悪いからな、ここならあいつも訪ねては来ないだろう」
 そう言って椅子に腰掛け、テレンスが作った小さな人形達をしげしげと覗き込んでいる。勝手に部屋に入ったことを怒るようなテレンスではないがDIOの言葉は聞き逃せなかった。
「どうしてあの女から逃げるようなことを?」
「まだ仕上がっていない書類を早く書けとうるさいのだ。私は静かに読書がしたいというのに……」
 はぁ、と溜息を付いている。
「押しの強い女は苦手でしたか」
「別に苦手ではないが……あいつが来てから夢主を探しに行く時間がない」
 女の勘は鋭いもので、DIOが求めているのは自分ではないと察した瞬間から彼女は捜索に費やす時間をすべて取り上げてしまった。テレンスはそれに同情する。
「しかし、仕事が終わらないとますます時間は無くなっていきますが……」
「分かっている。夜までには終わらせるつもりだ」
 DIOはテーブルに頬をつけてため息をついた。
「仕方ありませんね……ジョルノ様用に作ったプリンでも召し上がりますか?」
「おぉ。気が利くな」
 テレンスはくすっと笑い、部屋を出てキッチンへ向かった。プリンとスプーンを手に再び部屋に戻ると……
「DIO様、見つけましたよ! さぁ、お仕事をなさって下さい。あなたの命令を心待ちにしている部下が世界中に大勢いるんですからね」
 モーラはDIOの背中をぐいぐいと押してテレンスの部屋から追い出していく。
「おや……見つかってしまいましたか」
「フフン、あなたがプリンを手にした瞬間分かったの。あなたがそれを食べるわけがないものね」
 ジョルノ以外で甘いプリンを食べるのはこの館ではDIOしかいない。秘書はさぁさぁと笑顔でDIOを急き立て、一階奥にあるDIOの書斎に押し込んで行った。
「……プリンは冷蔵庫に入れておきましょうか」
 食べる人が居ないのでは仕方ない。テレンスは再びキッチンへ戻った。プリンを元の場所に戻し、テレンスが玄関ホールを通り過ぎようとするとそこに置かれたソファーに誰かが座って居るではないか。
「おや、あなたは……ジョルノ様のご友人でしたね。これは失礼。どうぞこちらへ」
 ジョルノの元上司であり、友人のブチャラティだ。しかし何故彼がここに? と不思議に思っていると背後から声をかけられた。
 振り向いた先にいた人物を見てテレンスは息を止める。
(ああ! まさか、そんな……)
 夢か現実か確かめるために自分の頬を叩いてみたくなる。
「テレンスさん……でしょ?」
 一切変わらぬ姿と笑顔で夢主がそこに立っていた。長年探し続け、これから先も彼女を求めてどこかへ旅立つのだろう、そう思っていた矢先の事だ。その本人が目の前にいる!
 驚きと感動のあまり心が激しく揺れるのが分かった。忘れていた涙が思わず溢れてくる。
「確かにあなただ……! 生きていて下さって本当に良かった!」
 存在を確かめるように手を握ると変わらない温もりがあった。胸が詰まって言葉が震えてしまうほどだ。
 自分よりも早くDIO様に会って欲しい。そう伝えたいのに嗚咽で言葉にならなかった。


 秘書に捕まって書斎に戻ったDIOは渋々とペンを取り、部下へ送る手紙の文面を考えた。
 すぐ隣ではモーラがパソコンを開いて次の仕事の予定を見せてくる。もちろん勢力を拡大し、この世を裏側から操って行くには多くの人材が必要なのは分かる。喜んでDIOに仕える者たちを先導し、支配するのはこの自分だ。
「今夜はどうしても出掛けねばならぬ」
「またですか……」
「お前は分からないだろうが、私には必要なものなのだ」
 DIOが言うとモーラは顔を歪めてしまった。仕事はするがこれだけは譲れない。
「しかしDIO様……!」
 モーラは豊満な体を震わせながら耐えられないといった顔をする。
「私では駄目なのですか? 血も体もすべてを捧げる覚悟なら……!」
 DIOは彼女の言葉を遮った。
「私が欲しいのはそんなものではない」
 冷たい一瞥を食らってモーラはビクリと体を竦ませた。
「昼の間にすべてを終わらせておく。それなら文句はないな?」
 DIOは冷たい雰囲気をかき消して仕方なさげな溜息を付いた。秘書としては有能だがそれが女なのは間違いだった。すべてを虜にしてしまう己のカリスマに苦笑するしかない。
 モーラが渋々と頷くのを見てDIOは紙に目を戻した。暗闇の中、手元を照らす淡い光がDIOの美貌に影を落とす。それに魅入られながらモーラは熱い吐息を吐いた。


「……?」
 不意にどこからか甘い香りがしてくることにDIOは気付いた。
 最初はテレンスが菓子を作っているのかと思った。ジョルノのために執事は常に甘いお菓子を用意しているからだ。
 しかし、クンッと鼻をひくつかせると豊かで心地よい血の香りが鼻孔に広がっていくではないか。決して菓子ではない。ずっとこの香りを求めて各国を探し歩いていた。雑踏の中でもこの匂いだけは隠しきれず、カイロでも居なくなった夢主を探す時にこの香りが道しるべになったほどだ。
「……まさか……!」
 ガタッと椅子を倒し、DIOははやる胸を押さえた。興奮で目が燃えるように赤くなった。手にしていたペンは二つに折れ、途中まで書いていた紙はぐしゃりと潰された。
「まさか……夢主なのか?」
 DIOは大きな体を揺らしてドアを開け、廊下にふらりと出て行く。夢主という名とそのDIOの背中を見てモーラは慌てて後を追った。
 玄関ホールの前でジョルノとその友人、それから何故か泣いているテレンスの姿がDIOの目に飛び込んできた。
 テレンスの前にはこちらに背を向けて立つ一人の女性がいる。その背中に見覚えがあったし、長らく探してきた相手だ。見間違えるはずがない。
 背後で秘書が叫んだが今のDIOには何も聞こえなかった。走り寄って思い切り抱きしめる。どくどくと脈打つ首筋に鼻先を突っ込んで、そこに流れる血潮と滑らかな肌を味わった。
「……DIO?」
 名を呼ばれて思わず震えが走った。甘く切ない声色にDIOの脳は溶けてしまいそうだ。
 もう一度名を呼ばれてDIOは正面から相手を見たく思う。少し力を緩めてやれば彼女は昔と変わらぬ姿でこちらを向いた。
「夢主」
(……これは本物か?)
 そう自分の胸に問いかけてみる。手のひらから感じる肌の温もり、DIOの名を呼ぶ声と笑顔を浮かべるその表情……髪の毛の一本一本に至るまですべてが夢主だった。
 胸にどっと喜びが押し寄せてきて、プッチのところで聞いた歓喜の歌が耳の奥で鳴り響く。
 再び名を呼ばれ、笑顔を見せる本物の夢主をDIOは震える腕の中へしっかりと抱き込んだ。


▼閑話6
 飲み物を乗せたトレーを持たままテレンスはリビングのドアを開けるべきか否かで悩んでいる。
(……さて、困りましたね……)
 中からは三人の話し声が聞こえてくる。DIOとジョルノ、それから夢主の声だ。
 長く離れていた分、お互いに話すことは山ほどあるはずだ。その会話や空気を壊したくない。
 とはいえ、テレンスも夢主が今までどうしていたのか気になるし出来ることなら教えて欲しい。会えた喜びはテレンスだってそうなのだ。
 そわそわと落ち着かない気持ちを抱えたままテレンスはドアの前で待った。
 しばらくすると足音が聞こえてガチャリとドアが中から開いていく。そこにいたのはクスクスと笑うジョルノだ。
「ジョルノ様」
「ああ、テレンス……気が利きますね」
 トレーの上に乗ったものをちらりと見てジョルノは言った。
「でも……もう少し後にした方が良さそうですよ」
 ドアの隙間から中をちらりと窺えばソファーの上で抱き合う二人の姿が目に飛び込んできた。
「おや……」
 やはり部屋に入らなくて正解だったようだ。
「フフ、彼女、面白い人ですね。あのパードレをあんなに振り回して……あの顔、あなたにも見せてやりたかった」
 ジョルノは静かにドアを閉め、肩を震わせながら笑い声を堪えている。
「夢主様は今までどこに?」
「彼女もあちこちを転々としていたようですね。日本やアメリカにいたそうですよ。僕は今から彼女が所属しているスピードワゴン財団と話を付けてきます」
「何ですって?」
 聞き覚えがあるどころか、テレンスもその財団に一時だけ厄介になった事がある。すぐに逃げ出したので後のことは知らないが……やはり夢主も保護されていたのだろうか。
「僕もパードレも、もはや彼女を手放す気はありませんからね。ギャングの世界を見た以上、一般世界には戻れない……いえ、戻す気はありません」
 ジョルノはにこやかな笑顔でそう告げた。この親子は欲しいと思ったものは全て手中にする性分なのだ。
 懐から携帯電話を出すジョルノの横顔をテレンスはぽかんと見つめ続ける。
「ギャングだろうと何だろうと……DIO様のお側に居てくれるのなら、それに越したことはないです」
「ええ、ようやく恋人同士になれたみたいですからね。それにしてもあのパードレの必死な告白……!」
 腹を抱えて笑い始めたジョルノの言葉にテレンスは目を見張った。彼は今、恋人同士になれたと言ったのだ。
「ようやく客人ではなくなりましたか……」
 館では客人の扱いを、とDIOに言われて今までそうしてきたが、二人はやっとお互いを恋人として認めたようだ。実に喜ばしいが今更という感もテレンスにはある。
「いっそ妻にすればよろしいものを……」
 DIOと同じ事を望むテレンスにジョルノは苦笑する。
「あまり急に事を進めると彼女が可哀想ですよ」
 ジョルノの言うとおりだ。夢主もDIOも今まで恋人同士としての甘いひとときを楽しむことはなかった。
 ジョルノが携帯電話を耳にあて、リビング前から離れていくのを見てテレンスもそれに従った。このドアの向こうを邪魔するほどテレンスは無能な執事ではない。
 キッチンに戻りかけた時、あのいけ好かない秘書が髪を振り乱して屋敷から飛び出していく後ろ姿を見た。
「おや……ま、今くらいはそっとしておいてあげましょう」
 DIOに恋い焦がれる女はあの秘書だけではない。しかし、DIOが求めるのはただ一人きりなのだ。
 テレンスは肩を竦めると冷え切ってしまった紅茶を捨てて、当分、出番の無さそうなケーキをプリンの横に置いて冷蔵庫の扉をパタンと閉じた。


▼閑話7
「テレンス、夢主のために何か甘い物を頼む」
 最高に機嫌の良さそうなDIOがにこにこと笑顔を浮かべ、キッチンへ入ってくるなりそう言った。
「それならこちらに用意してありますよ」
 テレンスはすでに近くのジェラテリアとケーキ屋に赴いて彼女が喜びそうな物をたっぷりと買い込んできている。冷蔵庫は今やそんな甘い物で埋め尽くされていた。
「夕食は夢主と共に外で食べることになった」
「分かりました」
 DIOは冷凍庫の扉を開けて中にあったジェラートが入ったカップをあれこれと選び始めている。
「夢主が好きなのはどれだろうか? イチゴにバニラ、それともチョコか……?」
 うきうきと漁るDIOの背中をテレンスは笑いを堪えつつ見守った。
「良かったですね。巡り会うことが出来て」
「ああ、まったくだな。お前の言うとおりようやく実現することが出来た」
 しみじみと語るDIOの言葉にテレンスの胸が喜びでじぃんと響いた。
「もはやどこにも行かせる気はない」
 きっぱりと言い放ったDIOは冷凍庫から次々にカップを出してトレーの上に積み上げていく。
「それはそれは……では、夢主様の部屋はDIO様の寝室でよろしいですね? ああ、衣装室を彼女のために場所を空けなくては」
 テレンスは楽しげな声で今後の生活を考える。
「まずは可愛らしい下着を……いえそれも大事ですが、部屋の模様替えもしたいところですね。カーテンにクッション、ソファーの色も変えて……それに食器とカップを追加しなくては。女性が好むシャンプーにボディソープも取り替えたいところですね。今、丁度、バラが咲いていますからそれを湯船に浮かべても喜ばれるでしょうし……」
 べらべらと止めどなく話すテレンスにDIOは何故か暗い顔で振り返った。
「その風呂に二人で入りたいところだが……」
 はぁ、と盛大な溜息を付いてDIOは磨かれたスプーンを手に持ち、切ない吐息を吹きかける。
「夢主は今まで通りチームのところで暮らすそうだ」
「……何と……」
 テレンスの思惑はガラガラと音を立てて崩れ去った。出会えた喜びのままこれからは共に暮らしていくのだと、そう思いこんでいたのに……
「しかしDIO様……ようやく会えたのに今から手放すなど……」
「分かっている。身を裂かれるように私だって辛いのだ! しかし……夢主の意志を尊重すると言った手前、認めないわけにはいかないだろう……」
「どうしてまたそのようなことを?」
「今思うとジョルノに上手く乗せられた気がするのだが……」
 自分の息子に上手く乗せられてどうするんですか。
「……仕方ありませんね。あまり無理を言うと怯えて逃げられても困りますし」
 テレンスの言葉にDIOは顔色を無くす。
「それだけは駄目だ! ようやく手にしたのにまた居なくなるなど……!」
 耐えられない、と言うようにDIOはぶるぶると頭を振る。
「ここに居たいと思うようになれば夢主様も考え直してくれるでしょうか?」
 テレンスの言葉を受けてDIOは急に真剣な顔つきになった。
「よし……ジェラートだけでは足りぬな。この中の全てのケーキを持ってこい」
 甘い物で釣る作戦のようだ。テレンスは頷き、素早く紅茶の用意をした。


「三時のおやつにしては豪華すぎない?」
 テーブルの上にみっしりと置かれたケーキやお菓子、それにジェラートが山積みになっている。夢主はそれらを見渡して目を輝かせたが、さすがに量が多すぎる。これを一人で食べ切るには無理があるだろう。
「どうぞお好きな物をお食べ下さい。まだまだありますから」
 夢主の前に紅茶のカップを置きながらテレンスはにこりと微笑む。
「夢主、お前はどの味が好きだ? たくさんあるぞ。選べ」
 隣に座ったDIOは積み重なったジェラートの大きなカップを見せてくる。味の違う十個ものジェラートを前に夢主は定番の味を選んだ。
「じゃあ、いちご……」
「これか」
 フタを取ったDIOはスプーンにいちごの果肉が入ったジェラートをすくって夢主の唇へと寄せる。
「口を開け」
「え……? 自分で食べるよ?」
 夢主はスプーンを取り上げようとしたがスッとかわされてしまった。
「恋人同士というのはこうするものだろう?」
 それはどこで得た知識なのか。夢主は驚いてしまう。
「ほら、口を開けろ。溶けてしまうではないか」
「えぇ……」
 仕方なく開けると冷たいスプーンが入ってくる。
「美味しいか?」
 とDIOが笑顔で聞いてくるので夢主は素直に頷いた。
「まだたくさんあるぞ。他の味にするか? それともケーキがよいか?」
 笑顔を浮かべて甘やかしてくるDIOに夢主は困惑するしかない。
(じ、自分で食べたい……)
 イルーゾォとリゾットにされたようにこれではまた餌付けられるヒナ鳥だ。
 今までにないほど幸せそうなDIOの様子にテレンスは満足してリビングを去っていく。
 彼らの前にいたジョルノが盛大に吹き出したのはその五秒後だった。


▼閑話8
 昨日は素晴らしい一日だった……DIOは胸に手を置いてそう思い返す。
 夢主とようやく巡り会えたし、もはや客人ではなく恋人という明確な関係を築くことが出来た。
 同じく夢主もDIOを探していたと知った時の喜び……いや、それ以上に嬉しかったのはお互いが両思いであるという事実だ。
 愛する相手から好きと告白されるのはとてもいい。胸が熱くなり、心が喜びで満たされていくあの感覚はクセになりそうだった。
 共に暮らしてはいないが同じ国の同じ街に住んでいるのだ。身近に感じられる距離が嬉しかった。
 とはいえ……
「テレンス、夢主からの連絡はまだか?」
 DIOはそわそわとキッチンを覗き込む。テレンスは昼食の準備をしていた手を休めて背後を振り返った。
「まだです」
「むぅ……一体、いつ連絡が来るのだ?」
 扉を閉め、DIOは仕方なく図書室へ向かった。信者の中に大手出版社の社長が何人も居るため、DIOは新刊から古書に至まで望む物を全て手に入れられる。読書家として知られているので今月もいくつかの段ボールに詰め込まれた新書が届けられていた。
「フム……」
 その中から気になった本を手に取って再びキッチンへ戻る。
「テレンス、」
「夢主様からの連絡はまだです」
 料理の仕込みをしながらテレンスは素っ気なく答えた。
「ぬぅ……」
 DIOは仕方なく電話の親機が置かれたリビングへ向かった。暗がりの中、パチンとスイッチを押すだけで柔らかな明かりが灯る。百年前とは大違いの便利さだ。テーブルランプの明かりで本を読み始めたが内容はあまり頭に入ってこなかった。つい、ちらちらと電話を見てしまう。どうしても気になって仕方ないのだ。
「はぁ……」
 恋をすると人は愚かになる。確かにその通りかもしれない……とDIOは思った。
「ようやく会えたのだ。私のことが好きなら毎日だって顔を見たいはずだろう?」
 DIOは毎日夢主の顔が見たい。すぐ手の届くところに居て欲しい。
 熱病に浮かされたように、恋とは人でなくなった者ですら惑わすらしい。
 DIOは溜息を付いて読む気になれない本を自分の顔の上に乗せた。
 と次の瞬間、電話が鳴る音でその本は部屋の隅へ吹っ飛んでいく。花瓶にぶつかり、床に花と水がぶち撒かれ本は見るも無惨な姿になった。
「夢主か?」
 受話器を取るとDIOはすぐに相手を尋ねた。
「家事代行サービス会社です! 洗濯から食事の支度、赤ん坊の世話まで請け負っています! ただいま無料期間中なのでこの機会を逃さずぜひ一度、お試し下さい!」
「……家事代行サービス??」
 DIOは相手の言っていることが今ひとつ理解できなくて眉を寄せた。
 いつもは秘書かテレンスが電話に出て用件を口頭で伝えるか、もしくは彼らから受話器を受け取り、DIOが相手に直接話しかけることしかなかったため、こんな勧誘を受けたのは初めてだったのだ。
「ええ、どうですか旦那様。奥様を一日だけでも家事から解放して二人でのんびり過ごされては?」
「そうしたいところだが……あいにくまだ妻ではないのだ」
「おや、それはそれは……では家事に割いている時間を私たちが請け負います。自分の時間ができますよ?」
「ふむ……自分の時間などというものは特に気にしたことはないな。それに家のことはすべて執事のテレンスに任せてある。問題ない」
「……執事……」
 相手が呟いたところで電話は切れた。
「……何だったのだ?」
 DIOは首を傾げながら受話器を戻した。
「む、本はどこに置いた……?」
 いつの間にか消えた本が部屋の隅でびしょ濡れになっているのを見てDIOは読書を諦めた。
 仕方なく再びキッチンを覗くと、テレンスは汚れたフライパンと鍋を洗っているところだった。
「テレンス」
「夢主様からの連絡ならまだです」
 素っ気ないにも程がある。テレンスは振り向くことすらしなかった。
「では郵便はいつ来る?」
 DIOの言葉にテレンスは心の中で吹き出した。
「急いで書いて出しても来るのは明日になると思いますが……夢主様の携帯番号は知らないのですか?」
「……知らぬ」
 DIOは膨れながらぼそりと答えた。
 それでも恋人同士ですか……? テレンスは言いかけた言葉を飲み込み、鍋を洗いながらDIOを振り返った。
「ジョルノ様なら知っているのでは?」
「私が知らぬのに、どうしてあいつが知っている!」
「組織のボスですからね。ジョルノ様なら共に暮らしているというチームに連絡を入れることも可能でしょう?」
 テレンスの言葉に重なるようにまた電話が鳴った。キッチンに置かれた子機をDIOが素早く手に取った。
「夢主か!?」
 いきなりそう言われては夢主だってビックリしてしまうだろう。テレンスはくすっと笑いながらDIOの言葉の続きを待った。
「む? 何だと? そんなことを知ってどうする? ……いや、黒だが……それが何だというのだ?」
 DIOが聞き返した後、電話は切れたようだ。DIOは耳から受話器を離し、充電台の上へ戻した。
「どういったご用件でしたか?」
「フム……ひどく息を乱しながら何色の下着を穿いているかと聞かれた」
「……」
「まったく……何なのだこの電話というものは。便利だと思ってはいたが少し違うようだな」
 テレンスの肩が震えていることに気づかず、DIOは再びはぁ、とため息をつきながらその場を後にした。
「ジョルノに聞けば分かるとはいえ……」
 DIOはぱらぱらと部下や知人の名が記された電話帳を捲った。いつもは執事と秘書が代わりに行っているのでこの名簿を手にするのは初めてだった。
「プッチの名がある……」
 久々に彼と息子達の声も聞いてみたい気もするが今日は駄目だ。
「ジョルノの番号はこれか」
 DIOは初めてジョルノの携帯へ電話をかけてみることにした。しばらく呼び出し音が鳴った後、ジョルノの声が響く。
「pront?」
「ジョルノ、私だ」
「……パードレですか?」
「ああ。聞きたいことがあって電話した」
「今、学食でランチを食べているところなんですが……まぁいいです。聞きたいことって何です?」
「夢主と連絡を取りたい。番号を知っているのだろう?」
「すみませんが携帯番号は知らないです。彼女、あの時、携帯を持って来なかったでしょう?」
「何だと? ……では夢主のいるチームへ連絡しろ」
「ボスであるこの僕にパードレが夢主を呼んでいると、そういう指令をリゾットに出せと言うんですか?」
 ジョルノの呆れかえった口調にDIOは気付かない。
「そうだが?」
「……パードレ、寝言を言うんじゃありませんよ。僕はこれでも忙しい学生の身でもあるんです。昼間から寝ているような人の戯れ言に付き合う時間はありません。無駄です。チャオ」
 ブツッと電話は切れた。四人の息子の中でジョルノはドナテロ以上に手厳しかった。
「ぬぅ……ジョルノの奴……」
 DIOは力加減を忘れてバキリと受話器を壊してしまう。破壊された残骸が床の上に転がった。

「連絡はないです」
 溜息をつきながらテレンスは背後を窺った。もはや体全体から哀愁が滲み出ている。DIOはちらりと子機を眺め、キッチン内にあった椅子をその受話器の前へ移動させてそれに腰掛けた。どうやらここで夢主から連絡が入るのを待つ気らしい。
「DIO様、ジョルノ様に連絡はしましたか?」
「したが……断られた」
「おや……」
 テレンスは濡れた手をタオルで拭き、冷蔵庫から昨日のプリンを出してDIOにそっと差し出した。それを食べるDIOの背中を微笑ましく見つめてテレンスは提案する。
「仕方ありませんね……向こうが来ないというのなら、こちらから出向くしかないでしょう」
「……!」
「入り組んだところでしたからハッキリと道は覚えていませんが……まぁ、どうにか辿り着けるとは思いますよ」
 DIOの周囲を漂っていた寂しげな空気は一転して花が咲き乱れる華々しい雰囲気になる。
「よし、日が沈むと共に出掛けるとしよう」
「庭先に咲いているバラを花束にして持って行かれますか?」
「もちろんだ」
 そのバラが霞むほどのこの笑顔を夢主に見せてやりたい。
(嬉しそうですね……DIO様)
 お互いに振り回しあっている世にも珍しい恋人達は、周囲を巻き込みながら短い逢瀬を楽しむらしい。


▼閑話9
 一目見た時からこれは駄目でしょう、とテレンスは感じた。
 マライアがアメリカで見つけてきたスタンド使いのモーラのことだ。DIOを見た瞬間、恋に落ちたことが隣にいたテレンスにも分かったほどだ。
「秘書だなんて……いくら優秀でも止めた方がいいと思いますよ」
 テレンスはそう進言したが、モーラ自身の熱烈なアピールによって彼女は秘書の仕事と立場を手に入れてしまった。
 そして今、その彼女はテレンスの目の前で銃をこちらに向けている。餌の女と同じく嫉妬の炎に身を焦がす者の目だ。
(だからあの時、止めた方がいいと言ったのに……)
 これまでの人生が一瞬で駆けめぐった後、テレンスの意識はその言葉を残して暗転した。
 これはもう助からない。
 確実な死を意識したにもかかわらず、ヴァニラ・アイスやヌケサクあたりに出迎えられるハズのあの世はなかなか訪れなかった。その代わりに太い声が耳元で響き渡る。
「オイ! こら、この野郎! 目を覚ませ!」
 バシッと力強く頬を殴られてテレンスは痛みで目を覚ました。目の前にいるのは剃り込みをいれたギャングの男だ。病気や怪我の患者に対して奉仕の心を持った看護士では決してない。それだけはよく分かる。
「テレンスさん……よかった……」
 不意に夢主の声が聞こえてテレンスはそちらへ目を向けた。
 ギアッチョの腕の中でぐったりとした様子の夢主がいる。テレンスが用意した服は破けて血にまみれ、とにかく酷い有様だ。
「夢主様ッ!」
 それを見た瞬間、銃弾を頭に食らって生きている疑問などあっという間に吹き飛んだ。彼女に近づいて傷口を確かめると薄い氷が張り付いている。
「血は俺が止めた」
 低い声でギアッチョが呟いた。
「お、リーダー達も来たぜ。ペッシ、車はこっちだ」
 剃り込みの男、ホルマジオはどこからか車を調達してきたペッシに鏡の中から手を振った。
「どうなっているのですか、これは??」
 鏡の向こうにリゾットが走り寄ってくる姿が見える。破損した自分の車と血痕の残る歩道も見えた。
「あのままじゃあ人目につきすぎるからな……ここは鏡の世界だ」
 テレンスが見渡す先に髪をいくつか束ねた見知らぬ男が立っている。彼と夢主とギアッチョ、それにホルマジオと気絶した秘書の姿……そして反転した文字があった。
「スタンド能力ですか……」
「おいイルーゾォ、リーダー達が来たぞ」
 イルーゾォと呼ばれた男性がスタンドを出し、
「リーダー達を許可する!」
 そう言ってリゾットとメローネ、プロシュートをこの世界に引きずり込んだ。
「夢主ッ! 無事か!」
 すぐさまギアッチョと夢主のところへ駆けつけてリゾットは傷の具合を確かめた。意識の有無と止血されている事を確認し、リゾットは夢主の体をゆっくりと抱え上げる。
 夢主のホッとする表情を見てリゾットはきつく眉を寄せた。
「すまない」
 謝罪するリゾットに夢主は首を横に振る。
「おい、アジトを襲った奴はどうした?」
「俺が行った時にはすでにリゾットが始末した後だった。この姉ちゃんに金で雇われたチンピラらしいぜ」
 ギアッチョに聞かれてホルマジオはそう答えた。
「車を人気の少ない裏通りへ移動させるようペッシに伝えろ」
 リゾットの言葉を受けてプロシュートが鏡の世界から外へ出て行った。
「今から病院へ連れて行く」
「ゲッ、もしかしてあの藪医者のところ?」
 リゾットと共に駆けつけたメローネが顔をしかめた。その言葉を聞いて夢主はハッとした表情になった。
「藪医者……?」
「テメェ、余計なこと言うな!」
 メローネはホルマジオにベシッと頭を叩かれてしまった。
「仕方ないだろう……銃創を見ても警察に通報しないのはあの医者しかいない。組織の者だ。口は堅い」
「だけどあのチョコラータって医者、どう見ても変態だぜ? 俺、前に世話になったけど散々な目にあったし……絶対、夢主が泣き叫ぶのをビデオに撮ると思うな」
 リゾットに睨まれ、ホルマジオから再び頭を叩かれてメローネは沈黙した。
「チョコラータ……? ウソ……」
 夢主は真っ青になって首を横に振っている。懇願するようにリゾットを見上げているが、一般の病院ではまず間違いなく警察の職務質問を受けることになるだろう。
「しかし……」
 涙すら浮かべて首を横に振る夢主にリゾットは眉を寄せる。
「その藪医者よりもジョルノ様に連絡を取りましょう」
 テレンスは胸ポケットから携帯を取りだしてすぐに電話をかけた。ジョルノに事のあらましを簡潔に述べると、すぐに館へ向かうとの返答があった。
「さぁ、早くDIO様の元へ……!」
 テレンスはリゾットが腕に抱える夢主を不安そうに見つめた。この姿をDIOが見たらどう思うだろう。気が狂わんばかりに悲しむか、それとも激しい怒りを見せるだろうか……
「この姉ちゃんはどうする? ここに置いていくか?」
「まさか! 同じくDIO様のところへ連れて行き、その身でもって償ってもらいます! DIO様自らの手で処罰されないとこの私の気が済みませんッ!」
 テレンスの厳しい声に夢主が口を開いた。
「テレンスさん、お願いだから彼女を殺さないで……」
「しかし……!」
 反論しようとするテレンスに夢主は再び「お願い」と呟いて懇願してくる。主が彼女の意志を尊重するのなら執事だってそれに従うしかない。テレンスは唇を噛みつつ、やがてため息を吐いた。
「話は後だ。行くぞ!」
 裏通りへ向けてリゾットは走り出す。ギアッチョとイルーゾォが続き、ホルマジオとメローネは気を失った秘書の体を抱えた。テレンスも同じく彼らに着いていく。
 鏡の世界から抜け出し、現実に帰ってきた彼らは運転手をペッシからテレンスに変え、トランクに秘書を放り込んだ。リゾットと夢主が後部座席に乗り込んで、そこに能力を維持させるためギアッチョが続く。助手席にはイルーゾォが乗り込んだ 。
「残りのお前達もこの車に着いてこい」
 すでにペッシがスタンドで道を行く別の車を釣り上げている。路地に引きずり込まれて驚き喚くドライバーはホルマジオによって外に放り出された。
 テレンスは勢いよくアクセルを踏み込んで一秒でも早く館に着けるよう近道を選ぶ。ギアッチョ並みの荒い運転技術を見せてテレンスはDIOの元を目指した。


▼閑話10
「これは……一体、何があった……」
 夢主を迎えに行ったはずのテレンスに大声で呼ばれ、階段の上からリゾットの腕に抱かれた彼女を見た瞬間、DIOは息を呑んだ。
 肌に張り付いた薄氷の向こうに見えるのは紛れもなく銃で撃たれた痕だ。ホルマジオの足下に転がされた秘書を見てDIOはすぐに理解した。
「……」
 極寒の夜を思わせる苛烈なまでの視線を秘書に向け、DIOはリゾットから夢主を奪い取る。
「テレンス、そいつを暗がりへ放り込んでおけ」
 ゾッとするほどの低い声にテレンスは身震いし、秘書の体を抱え上げたホルマジオたちを別室に案内する。それからすぐに二階へ向かい、ドアの前にいたリゾットたちを押しのけてテレンスは寝室に入った。
 夢主をベッドの上へ寝かせ、青白い彼女の頬を撫でるDIOの背中が痛々しくすら思う。
 しばらくそうした後、くるりと体の向きを変えたDIOの目に燃えさかる業火のような怒りが見て取れた。すぐさま処罰する気なのだと気付いたテレンスは慌てて夢主の言葉を告げる。
「夢主様がどうしても殺すな、と」
 テレンスの言葉にDIOは眉を上げてしばらく押し黙った。
「……分かった。誰も手出しはしない。夢主の願いを聞き届けてやろう。リゾット、お前が証人だ。ついてこい」
 そう言い残したDIOはリゾットを後ろに従えて階下へ向かった。
 どこをどう見ても殺気立っている。大切な者を傷つけられた怒りがそう簡単に収まるはずがない。
 テレンスは無言でその背中を見送った。


 豪華なソファーの上でメローネは出された酒を次々に飲んだ。高いものなのだろう。もの凄く美味い。いつも飲んでいる安酒とは大違いだ。
 その彼の前ではギアッチョが項垂れている。酒やつまみには手をつけずこの部屋に通されてからずっとその調子だった。
「おい、それにしてもやけに豪勢なところじゃねぇか。DIOサマってのは一体、何者だよ?」
 何も知らないホルマジオが酒の入ったグラスを揺らしながらリゾットにそんな質問をした。
「説明していなかったな……」
 リゾットは酒に手をつけず素面のままで仲間たちの顔をちらりと見る。
「ボスの父親で幹部よりもさらに上に位置する御方だ。失礼がないようにしろよ」
「しかも吸血鬼っておまけ付きだぜ」
「ハァ? コイツ、もう酒に酔ってやがる」
 メローネの言葉にホルマジオは馬鹿にするような笑いを浮かべた。
「その上……夢主の恋人だ」
 ギアッチョの言葉にイルーゾォがグラスを落としそうになった。
「……マジか?」
「テメェも見ただろーが。好きでも恋人でもねぇ女をわざわざ自分のベッドに置くと思うのかよ?」
 顔色を変えていくイルーゾォにリゾットは何も言えない。
「チームにお咎めはないそうだ」
 リゾットの言葉にその場がしんと静まりかえった。今まで厄介な立場だった暗殺チームは今回のことで潰されてもおかしくなかった。しかしDIOはあえて見逃してくれたようだ。
「夢主のおかげだろうな……」
 DIOやリゾットの想像以上に夢主はチームを気に入っている。もし取り潰せば夢主は深く悲しんでDIOを責めるだろう。下手をしたら嫌われ、手元から居なくなるかもしれない。それだけは絶対に避けたいのだ。
「だが二度目はない」
 厳としたリゾットの言葉にもはや誰も酒を飲もうという気にはなれなかったらしい。


「夢主、何か食べたいものは無いのか?」
 これが二日前と同じDIOだとはテレンスにも信じがたいほどだ。次第に回復してきた夢主を隣に置いてDIOの顔は緩みきっている。
「うーん……さっき朝ご飯食べたばかりだから……」
 少しだけ体を起こした夢主は脇に挟んだ体温計をテレンスに見せた。
「38度……少しだけ下がりましたね」
 いくらかホッとしつつテレンスはグラスを差し出した。
「薬をどうぞ」
 夢主は素直に受け取って白い錠剤を水で流し込んでいく。
 グラスを戻した後、夢主はテレンスを見上げてこう尋ねてきた。
「あの……秘書の人はどうなったんですか?」
「モーラですか? どうもこうもありませんよ。この館から叩き出してやりました」
 テレンスの言葉に夢主は安堵の表情を浮かべた。
 物言わぬ姿だが叩き出したのは事実だ。夢主の知らない闇の部分でDIOの部下達が隠蔽工作をしているだろう。
「本当?」
 夢主はちらっとDIOを見る。
「この手で裁きたかったが……お前が望むのだから仕方がない。私はもちろん誰も手を下していない。疑うのならリゾットが証人だ」
「リゾットが……なら大丈夫だね」
 夢主の心を裏切ったかのようで申し訳ない気もするが……一時は殺されかけたのだ。モーラに対する同情の心などテレンスは持ち合わせていなかった。
「そんな事より、早く横になって下さい。まだ本調子じゃないはずです」
「テレンスの言うとおりだな」
 DIOは夢主の背中を支えていたクッションを奪い取って無理矢理に頭を枕へ押しつける。
「え、また寝るの……? たっぷり寝たからもう眠くなんかないけど……」
「病人は寝るのが仕事だ。大人しく横になっていろ」
 DIOに指先を絡め取られて夢主はベッドから降りることを禁じられている。
 テレンスは微笑みながら静かに部屋を後にした。たっぷりと眠る夢主とは対照的にDIOはあれから一睡もしていない。テレンスがいつ部屋に入ってもDIOは起きて夢主の寝顔を眺めていた。
 疲れを見せない姿はさすがは吸血鬼だと褒めたいところだが、実際は知らない間に夢主がどこかへ行ってしまわないよう引き止めているのだろう。
 それでも二人が醸し出す雰囲気は優しく、穏やかで楽しげなのでテレンスはもうこのまま一緒に暮らしてもらえないだろうか……と思う。
(恋人同士なのはいいですが、未だにキス一つも満足に出来ないようでは……先が思いやられますね)
 DIOの我慢大会はまだまだ続きそうだ。テレンスは肩を竦めて廊下を一人歩いていった。
 

▼閑話11
 回復した夢主が風呂に入り、のんびりと朝食を食べている間にジョルノが館へ顔を見せに来た。
 寝室にはDIO一人きりだと知るとあからさまな落胆を見せる。
「……パードレだけですか」
「夢主なら朝食を食べている」
「では後で会いに行ってきます……ここに来たのはパードレにこれを持っていてもらおうと思いましてね」
 ジョルノはベッドに横たわるDIOの前に黒色の携帯電話を見せた。
「これは?」
「携帯電話です。すぐに連絡が取りたい時に便利ですから持っていて下さい」
 電話にあまりいい印象のないDIOは眉を寄せつつ手に取った。
「すでに彼女の番号を登録してありますから、これでいつでも会話が出来ますよ。僕を通さずにね」
 ジョルノの言葉尻を聞き流し、DIOはカチカチと操作してみる。
「む……」
「説明書はこれです。使いこなせるようにしっかり読んでおいて下さい」
 ジョルノは分厚い本をDIOの前に置き、携帯電話と格闘し始めた父親の部屋を出て行った。
「ぬぅ……打ちにくい……」
 どうしても携帯の小さなボタンが手に合わない。あまり力を入れると壊してしまいそうなので繊細な動作が必要だった。
 それでもあれこれと操作しているうちにようやく電話帳が表示された。夢主の名と番号はもちろん、テレンスやプッチ、ジョルノの番号がすでに登録済みだった。どこにいても彼らとすぐに会話が出来るし、メールも送れるらしい。
「これは便利だな」
 素直にそう思った。ネットにも簡単に繋がるそれは思った以上に重宝しそうだ。何となく楽しくなってきたDIOはあれこれと操作をし続ける。
「何と……これで買い物まで出来るのか?」
 DIOが生まれた時代では想像もつかない技術とその進歩に驚きが隠せなかった。
「色々とあるな……何だこれは?」
 画面にご入会ありがとうございましたと表示が浮かぶ。DIOには何に入会したのかも分からない。
「??」
 よく理解できないままとりあえずネットを止め試しにテレンスの番号に掛けてみた。
「……誰です?」
 DIOの番号を知らなかったテレンスは冷たい声で対応した。
「私だ」
「……今、流行っているという新手の詐欺ですか? この忙しい時に……」
 ブツッと電話は切れてしまった。DIOは瞬きを繰り返して首を傾げた。やはり電話という物はよく分からない。

 後日、妙な請求書が送られてきた。それをテレンスに見せると彼は、
「ワンクリック詐欺に引っかかるとは……」
 と呟いてその場で破り捨ててしまった。
「DIO様、どうか通話をするだけにして下さい。夢主様とジョルノ様、それからプッチ神父と私の以外の番号に出てはいけません。分かりましたね?」
「別に構わぬが……しかし、」
 食い下がろうとするDIOにテレンスは優しく言い含める。
「待ち受け画面を夢主様の写真に変えておきましょうか?」
「何、そんなことが出来るのか?」
「日替わりや時間指定でころころと変えることも出来ます」
「ほう……では頼んだ」
 DIOから携帯を受け取ったテレンスはネットに繋がる設定をオフにした。四人以外のメールも全て受け取り拒否にする。夢主の写真はこの間、DIOと話している姿を隠し撮りした物を流用した。
 待ち受け画面に楽しく会話している自分と夢主の姿を見たDIOは驚きの声を上げる。
「おぉ……こんな事も出来るのか?」
「カメラ機能も付いてますからね。DIO様が望む時に夢主様を撮って差し上げて下さい」
 テレンスの言葉にDIOは目を輝かせた。夢主が嫌がって怒るまでDIOは遠慮無く撮り続けるだろう。そんな予想は付いたが……テレンスはDIOから初めて受けた電話をオレオレ詐欺と間違えて切ってしまった……その事を本人が忘れてくれればもう何でも良かったのだ。




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