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「なあ」

「んー?」

「そのままでいいから、少し話聞けよ」

「ん、いいよー…」


茉莉香は気持ちの良い微睡に身を浸しつつ適当に頷く。もう彼も元に戻ったようだし、いつものように他愛もない話だろうと、そう思ったから。しかし、腰に回された手に力が籠ったのに気づいて少し意識が浮上する。そんな茉莉香の様子に気付くこともなくプロシュートは口を開いた。


「今日のターゲットな」

「うん」

「丁度逃げようとしてた所だった。…女連れてよ」


そういえば調査書には女と暮らしていると書いてあった気がする。それはリゾットも分かっていて、もしも一緒に居る様だったら共に始末するように言っていたのではなかっただろうか。
非情に聞こえるかもしれないが無用な目撃者は要らないし、ほんの少しの同情や憐憫がチームを、引いては組織を危うくするのだから仕方があるまい。


「まあ、いつも通りターゲットは始末した。ミイラみてぇにしてな」

「うん」

「で、女の方にも近づいてったんだよ。女の引き攣った顔なんざそう長く見てたくねえしさっさと終わらせようと思ってな」

「うん」


ギュッと茉莉香の服が掴まれた。その手は僅かに震えているようである。


「その女が、泣くんだ。腹ん中に赤ん坊が居るって」


…妊娠していたのか。別になんら不思議ではない。まだ自覚したばかりだとしたら調査に上がらなくても仕方がなかっただろう。


「んなこたオレ達には関係ねえしな。いつも通り終わらせたんだ。いつも通り」

「…うん」

「いつも通りのはず、だったんだよな」


プロシュートは深く息を吐いた。


「その女な、オレの母親に似てたんだ」


その言葉に茉莉香はどう言えばいいのか分からなかった。そんな戸惑いを察したのかプロシュートは薄く笑った。


「どこが、って訳じゃねえ。ただなんとなく雰囲気っていうのかそういうのがな」


プロシュートはぽつりぽつりと言葉を零す。
プロシュートの覚えている母は決してあんな風に安っぽい女ではなかった。いつも凛と背筋を張って、前を見つめているような女性だったと覚えている。少々理想が入っているのかもしれないが。
しかし、子供を守ろうとするあの姿が。細い体で、威嚇する猫のようにぎらぎらとした目が。最後に見た母の姿と、重なったのだった。
今までだって、同じようなシチュエーションは多々あった。そんな時は別段母と被ったこともない。何故今日に限って、そんな風に見えたのかは分からなかった。
ただ、あの女を殺した時、酷く後味が悪いものを感じて。まるで初めてこの仕事をした時の様だった。

茉莉香はそんなプロシュートに何を言えばいいのか考えがつかない。プロシュートはこういった仕事をもう何度もこなしてきて。彼は今まで母と被ったことはない、と言っていたがそれが果たして本当かどうかも分からなかった。
茉莉香自身人の命を奪ったことは一度や二度ではない。今だってこうして彼らという手段を使って間接的に人を殺しているともいえる。しかし、数が、重みが、違う。
ただ、彼女に出来ることはプロシュートの頭を撫でることだけだった。ほんの少しでも、彼が救われればと。それを傲慢だとも思う。結局茉莉香は自身の手を汚してはいない。そんな自分が現場に立つ彼らを救おうなどと言うのは、ただのエゴだろう。そう、思う。


「プロシュート」

「ああ」


なにかを言おうとして、何も言えなくて。ただ手を動かすことしかできない茉莉香の口から自然と彼の名前が零れた。