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茉莉香はソファーの端に座りながら、膝の上に乗る形の良い頭を撫でていた。さて、どうしてこうなったのだろうか。宙を眺めながらぼんやりと思い返す。


二十分ほど前。メンバーが寝静まった後も茉莉香は一人書類に向かい合っていた。
中々減らない書類に面倒くささが勝ってきてそろそろ切り上げようかという時に扉が開いた。そちらに目を向ければ仕事帰りのプロシュートが立っていて。


「お疲れ様」

「ああ」


言葉少なに返事をしたプロシュートを茉莉香は少々不思議に思う。今日の任務は彼がこんなに疲れ果てるほど難しいものだったろうか。
思い返してみてもそこまで難易度の高いものではない。組織の金を奪って逃げたチンピラの処分。それだけである。
考えても答えは出ない。とりあえず仕事を終えて帰ってきたのだから労うべきだろう。そう思い、入り口に佇んだままのプロシュートをソファーに座らせ茉莉香はコーヒーを淹れに席を立った。


「はい」

「…悪いな」


受け取ったコーヒーを啜るプロシュートは心ここに非ずと言った様子だ。僅かに細められた目はどこを見ているのか、焦点があっていない。そんな状態に茉莉香は少しばかり不安になる。
ターゲットはスタンドを持っていたか?いや、あれは本当に末端のチンピラだ。本来ならこのチームが動くような仕事ではない。ただ最近緩んできた組織内の空気を締めるためにスケープゴートになったと言ってもいい。
スタンド攻撃などを受けたわけではないとすればなんだろうか。酒の匂いがするわけでもないし酔っているということもないだろう。


「なあ」

「…あ、なに?」


考え事に耽りすぎていたのか一拍反応が遅れる。そんな茉莉香をプロシュートは気だるげに見てから膝を貸してくれ、と呟いた。茉莉香が予想外の発言に目を丸くしている間に彼は膝に頭を乗せる。腕を腰に回し、顔を腹に埋めるようにして。
…腹肉が気になるのでせめて逆を向いてください、とは流石の茉莉香も言えなかった。


手触りのいい髪を撫でていると時たま結った所に触れる。そういえば髪を下ろしたところを見たことがない。部屋にいる時やシャワーの後などは下ろしているのだろうが、シャワーは各自部屋にあるし、わざわざ私室を訪ねることもない。身だしなみに気を使うプロシュートだからいつも見る時はきっちりと結っていた。
茉莉香の心にむずむずと好奇心がわいてくる。


「ねえ」

「なんだ」

「髪ほどいてもいい?」


一瞬の間をおいて好きにしろ、と言われたので茉莉香は言われた通り好きにすることにした。幾つかのゴムを外すときっちり結わかれていたのに髪には一切癖がついていない。羨ましいことこの上なかった。
プロシュートの絹糸のように滑らかな髪を梳くように撫でる。さらさらと指から零れ落ちる髪は光を反射してきらきらと輝いた。


「綺麗だね」

「まあな」


ふん、と鼻を鳴らすプロシュートに茉莉香は少しホッとする。いつものらしさが戻ってきたようだ。しかし、それから彼が口を開くことは無く、茉莉香も特に何を言うでもなく彼の頭を撫で続けた。

疲れが出てきたのだろうか。膝とお腹に感じる暖かさと重みに少しずつ眠気が襲ってくる。時たま舟をこいではハッと目が覚めた。


「…眠いのか?」

「ん、少しね」


久しぶりに声を発したなあ、と思ったが時計を見ると先程からそう時間が経った訳でもない。どうやら体内時計も狂い始めたらしい。


「じゃあ寝ちまえ」

「風邪ひくから部屋戻るよ」

「運んどいてやるよ」

「そりゃ魅力的だねえ」


本当に魅力的なお誘いである。眠気が限界になってきたのか、くすくすと笑ってしまった。そんな茉莉香にプロシュートが小さく笑ったのが伝わってくる。