カフェに二人でいる所に鳴子くんが遭遇した日から暫く経って、
今泉くんと鳴子くんは一段とぎこちなくなった。


今泉くんはいつも通り声を掛けてくれても、
私は彼にキスされたんだ、という気持ちが先行してしまい、
こちらが何ともぎこちなくなってしまう。


私がもたもたしている所為で、今泉くんも鳴子くんも
部全体の雰囲気もどんよりと暗く落ち込んでしまっている。

私は、早くなんとかしなきゃと思うけど、
インターハイ前に、今泉くんを傷つけることになるのが憚られる。

だけど、鳴子くんが何を考えているのかが分からない。

同期の男子の中で一番身近に感じていた彼だけど、
今は一番遠くに感じている。


廊下でクラスメイトと話しているところを見ていると、
全然いつも通りに見えるんだけど、
私や今泉くんが近づくと、猫のような警戒心を見せる。




そもそも、私の事、未だ好きなのかな?

そもそも、私の事、本気だったのかな?




今泉くんは、私が鳴子くんを好きなことに気付いているみたいだけど、
鳴子くんが私に告白をしてきたことは知らないのかな?

告白のタイミング的に、知っているのかと思っていたけど、
言葉からは、「私の片思い」という印象が浮かんでる。


もやもや考えてたら、あっという間に授業は終わって、
部活に行かなきゃいけない時間になってしまった。

誰もいない教室、あーーーーっと大きな声で唸って、机にばたっと突っ伏した。


すると、ガラっと扉が開き、驚いてバッと顔をあげると、
ここにいるはずのない赤色が視界に入ってきた。



「ここにおったんや…」

目当ては私だったようで、
私はバッと姿勢を正す。

鳴子くんから、久しぶりに話しかけてくれた。

ずっと、話したかったのに、ぎくしゃくしていて苦しかった私は、
嬉しさに少しふわふわとした気持ちになる。


「なっ、鳴子くん、どうしたの? 着替えないの?」


「まぁ、行くけど、その前に」


だけど、声のトーンは、低いままだった。

私の正面までつかつかと歩いて、
机にトンと手を置いて、ズイっと近づいてくる。

近い顔に、ドキっとする自分がいる。



「なぁ。スカシと付き合うてるん?」


「えっ…」


鳴子くんの言葉は、私にとって予想していなかったもので、

とても驚いた。



「付き合って、ないよ…」


「ホンマかなぁ。昨日もあんな仲良さそうやったしな」


彼は、切なそうに、苦しそうに苦笑いしながら言う。

普段はガッと目を見て話してくれて、こちらが照れて逸らすほどなのに、
今日は伏し目がちな彼。


今すぐ、鳴子くんに、私は鳴子くんが好きなんだよ、って言えたらいいのに。

今泉くんの事が宙ぶらりんのまま、鳴子くんに想いを伝えられないよ。
胸がぎゅーっと締め付けられる。

机の前にかがむと、両腕に顔を乗せて、こちらを切ない目で見つめる。


「じゃあ‥好きなん?スカシのコト。」


「それは、言えないよ」


「なんで?教えてーや」

不貞腐れて、小さな声で言う。本人に伝えるまでは、他の誰にも言えないと思って、
もう少し待って、と伝えようと心に決めた瞬間、教室のドアがガラっと開き、
「こんなところにいたー!章吉!」と女の子が入ってきた。

二人の意識がそちらにうつる。


「どないしたん〜?」

「章吉、今日の課題まだ出してないでしょ?」

「ヤッバ。忘れとったわ〜!」

彼女は、怒り顔を作って、鳴子くんの頭を軽くチョップした。

この子知ってる。鳴子くんと同じクラスの 吉田さんという女の子だ。
この間、手嶋さんが鳴子くんに「お前のクラスのあの子可愛いよな〜、ほら、テニス部の!」
と聞いていた。

その時、鳴子くんが「あぁ!ハルのことっすか?」と直ぐに答えていたのを聞いて、
鳴子くんも吉田さんのこと可愛いって思ってたんだなぁ、と密かに傷ついたことを思い出す。

さっきの切なげな表情はどこへやら、いつものノリで楽しそうに吉田さんと話す鳴子くん。


「も〜珍しいじゃん?章吉が忘れるなんて。やってはあるの?」

「やっとらん!どころか、プリント家に置いてきてしもたわ…どないしよ?」

「しょうがないなぁ!私のコピーして白紙用意してやるから、直ぐやりな。待っててあげるから」


えっと、高橋さん、ごめんね?とこちらに謝ってくる彼女に、ううん、と返す。

私の方が鳴子くんと沢山の時間を過ごしてきたはずなのに、圧倒的に「章吉とハル」の方が近しい間柄に感じて、悔しい。
私だって、鳴子くんと前みたいにいっぱい冗談言って、笑い合いたい。出走前には、いつものようにニカっと笑ってグーサインを出してほしい。

私だって、下の名前で呼んでほしい。下の名前で呼びたいよ。


鳴子くんは、「じゃ、後でな」とだけ言って、吉田さんの後をついて、出て行ってしまった。


一人残され、静かすぎる教室に、悔しさと悲しさが押し寄せて、涙がぽろぽろとこぼれてくる。

どうして、両想いなのに、こんなに苦しいんだろ。

私がすぐに返事をしなかったせいなのは分かってる。

だけど、目の前で楽しそうに笑いあう二人なんて、見たくなかった。

とまれ、とまれ、と念じながら目をいっぱい擦っていると、両腕を掴まれ止められた。

「紬!」

「今…泉くん…」


私は驚いて、立ち上がった。




「遅かったから、心配した」



すっと引き寄せられ、腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
温かくて、やばい、また涙があふれてしまう。

「誰かに見られちゃう、かも」


触れた揺れる肩から、急いで探してくれていたことを知って、
またじんわりと心がほっとしていくのが分かる。




「鳴子と一緒にいたのか?」

「え?」

「アイツもまだ来てなかったからな」

「さっきまで、いたよ」



嘘をつく必要はないと正直に伝えたけど、その先は言わなかった。



「俺にしろよ。」

「っ・・」

「俺なら、お前を泣かせたりなんか絶対にしない。」


頭をポンポンとしながら、顔に頬を寄せる。

なんで君は、苦しい時、いつも近くにいてくれるんだろう。

このまま、今泉くんの優しさに、身を任せてしまえたら、どんなにいいだろう。


けど、誰を好きになるか、それは選んで決められることじゃないのだ。




優しくて、温かい彼を突き放すことはできなくて、

また、私の気持ちは深い深い渦の中に飲み込まれていった。






 


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