その日の練習帰り。

今泉くんが久しぶりに甘いもんでも食いに行くか?
なんて声を掛けてくれた。

未だちょっと照れ臭かったけど、
こうして普通に接してくれて嬉しい気持ちの方が大きかった。

「いいね!幹ちゃんにも聞いておくね」

と言って、更衣室で着替えながらお誘いしようと向かおうとすると、肩を掴まれた。

「いや、待て」

「ど、どうしたの?」

今泉くんの方に向き直ると、私の目を見つめながら真剣に話す。


「お前が、二人きりが嫌なら、それでもかまわない。

 …その、俺は二人で行きたくて誘った。」


「今泉くん…」


本当なら、私には好きな人がいるんだから、それ以外のしかも私のことを好きだと言ってきた人と二人きりで出かけるなんて良くないし、ここはお断りするべきだと分かってる。



けれど、私の好きな人からは


なぜか距離を置かれている。



私、何か嫌な気持ちをさせてしまったのだろうか?

幻滅させてしまったのだろうか?



もう好きじゃないんだろうか?


部活中そんなことばかり考えてしまって、胸が苦しくてたまらなかった。

そんな気持ちを拭い去りたくて耐えられず、い「あの〜 お取込み中のとこ悪いんだけど、遠征の同意書、回収させてもらってもいいか?」


私はしばらく今泉くんを見つめながら熟考してしまっていたようで、
気まずそうな手嶋さんから急に声を掛けられて、心臓が飛び跳ねた。

「今、部室にあります。スイマセン」

「悪ィな、待ってるわ。」

手嶋さんは手を顔の前に持ってきてスマンとポーズをとって今泉君を見送ると、

でだ、と私に向き直った。




「紬、お前さぁ

 鳴子となんかあったのか?」


「へっ!?」


突然そんなことを聞かれて、変な声が出た。


「やっぱりな。お前ら最近、な〜んか変だと思ったよ」

面倒見の良さが滲み出る優しい顔をしながら、溜息をついて言う手嶋さん。
鳴子くんから聞いたわけではなく、私たちの様子でお見通しのようだった。

恐るべし部長。


「お前どうすんの?っつーか、今泉とは付き合っちゃいねーんだろ?」

「…はい…。」


どちらにも返事をしていないどっちつかずの状況。

このままでいいとは、私も思ってない。

ただ、

私の気持ちは決まっていたけど、好きな人からは距離を置かれ、

私を好きだといってくれる彼は、変わらずに側にいようとしてくれている。


その人と向き合ってみたいと思う気持ちは、真摯なものだった。


「そんな顔すんなよ。俺としては、鳴子も今泉も、勿論お前も、ちゃんと部活に集中してくれればいいと思ってんだ。お前らが後悔しないためにもな」

別に部内恋愛は禁止してないからさ、と茶化すように笑って、私の頭にポンと手を置いた。

手嶋さんと青八木さんは、2年の時に私たちマネージャーが入部すると、
これまで補欠のメンバーが中心に担ってきていた仕事を引き継いでくれた。

お二人とは、インハイやそれ以外のレースでもサポート役として一緒に過ごす時間も多かった。
特に手嶋さんは、私と幹ちゃんのことまで気に掛けてくれて、初心者の私に幹ちゃんと一緒になってロードバイクのことを一から教えてくれた、優しい人だ。

今も、こうして気遣って、声を掛けてくれている。


「…手嶋さんて、お兄ちゃんみたい。」

自分がすごく悪い子になったみたいで、自己嫌悪に陥っていた私。
手嶋さんに少し話を聞いてもらえて、少し肩の荷が降りたような気がした。

「ありがとうございます。

 私、ちゃんと、二人に向き合いたいと思ってますから、もう少しだけ時間をください。
 練習の邪魔になっちゃってごめんなさい。」

ペコと頭を下げて謝ると、俺に謝ってどーすんだよ!て笑うから、
私もつられて笑顔になる。

そうだ、ちゃんと考えなきゃいけない。

だけど、長引かせてもいけないんだ。

そう決意を新たにした。



手嶋さんが、ちょっと真面目な顔をしながら


「なぁ。苦しいならさ、間をとって俺にしとくか?」

「えっ?」

「なーんてな!ジョーダンだよ。」

「も、もう〜!驚かさないでくださいよ!」


ってパシパシと腕を叩いたところで、

「手嶋さん、これ」

いつの間にか、今泉くんが近くに来ていて、私はまたびっくりしてしまった。

「おー、サンキューな!」


「おつかれっす。行くぞ、紬」


「あ、うん。お疲れ様です!」



あ、なんか自然と行く流れになってしまった。


「お疲れ!気を付けて帰れよ〜」

それぞれ自転車に跨り、手嶋さんは別方向に帰っていった。





「小野田くん、今日付きおうてくれへん?」

「鳴子くん!いいよ、どこに行く?」




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佐倉駅の周りは、何も無いようで、意外とお店は充実している。

今日は、私が最近見つけたお気に入りのカフェ。

チーズケーキが美味しくて、ソファの席が多くて、ゆっくり寛げる。



「いいところでしょ、ここ。紅茶もコーヒーも美味しいよ」

「あぁ、お前っぽいな。折角だから、ラテアートにしよう」

「えっ、かわいい!」

お気に入りのカフェのイメージに近いと言われて嬉しいけど、
今泉くんの思う”お前っぽい”って、どんなだろう、と考えてしまう。


「お前は、紅茶だろ?」

「うん!ダージリンにしようかな」

「好きなんだな、ダージリン」


試験勉強期間、よく同期で今泉くんのおうちにお邪魔して、
お菓子やお昼やらを御馳走になっていた時、今泉くんと好きな紅茶の話で盛り上がった。

そういう小さなことも覚えててくれるんだ。

胸がほっこりと温まる。


少しして、かわいいハートが2つ重なったようなデザインのラテアートと、
ダージリンティ、私のバスクチーズケーキと今泉くんのシフォンケーキが運ばれてきた。

私は角砂糖を2つ落とし入れ、ティーカップに口をつける。
今泉くんは、シフォンケーキを端から真っすぐ切り取って、口に運んだ。


こういう時、鳴子くんなら、2口くらいでバクバクっと食べちゃうんだろうな、と想像してしまって、いけないいけない、と自分の心を今泉くんに向けた。


「ん〜美味しいね!」

「美味いな。ふわふわだ。」

「今泉くんが甘いもの好きって、意外だよね」

「そうか?身体に負荷を掛けた時こそ糖分は不可欠だぞ。」

そうだった、こういう人だった。どれだけ身体づくりに真剣なの、と笑みがこぼれる。

「どうした?何かおかしかったか?」

「ううん、そんな今泉くんだからこそ、応援したいって思うんだなぁって。」

「っ… そうか」

ちょっと照れたように顔を背けて、目を横に逸らし、ラテのカップで口元を隠した。

私も思った以上にストレートな言葉を投げかけてしまって、照れ臭くて俯いた。

その時、お店の入り口から店員さんと話す学生の声が聞こえて、視線をあげた。




「すみません、ただいま満席で。少々お待ちいただけますか?」

「そうですか〜。座って待ってます」

「おおきに」


と言って、待ちスペースのベンチに腰掛けた彼と、ばっちり目が合ってしまう。

その途端、鳴子くんは立ち上がり、「小野田くん、やっぱ行こ」と店を出ようとする。


「あっ、今泉くんと高橋さん!」

鳴子くんは一瞬、苦い顔をしたけど、直ぐにおちゃらけた調子に戻り、

「よ、スカシ!デートかぁ?」

なんてからかっている。けど、私の方は見なかった。


私と鳴子くんの間を遮るように立って、

「そうだ。邪魔するなよ。」

と今泉くんがそうハッキリと言った。


鳴子くんは一瞬、

ほんの一瞬だけ、切ない顔で、私を見た。

そして、くるっとこちらに背を向けると、

「そうかそうか、それは結構なことですわ!」

ほなな、と言って、店を出て行ってしまった。


「今泉くんごめんね、邪魔しちゃって。高橋さんも…」

と小野田くんは申し訳なさそうに言って、鳴子くんの後を追って行った。




今泉くんは、私の前の椅子に戻ると、一口カップに口をつけて、話し始めた。

「…俺の事、器の小さい奴だ、って呆れたか?」

「えっ?」

「お前は、鳴子が好きだろ」

どうして、今泉くんに気付かれてしまったんだろう、と思っていると、

「鳴子を見ているお前を、ずっと見ていたからな。」

と切なく笑った。





「うん…ごめん。」



今こそ、伝えなきゃ。

これ以上、二人を傷つけて、部の皆を巻き込むわけにはいかない。

私が優柔不断でもやもやしている間にも、沢山迷惑かけちゃってるんだ。




「だから、今泉くんの気持ちには、答えられないよ」




「それでも、俺はお前が好きだ。お前の鳴子を見つめる視線に気付いてからは、何度も諦めようと思った。」

「うん…。」

「けど、一生懸命俺たちを支えてくれるお前と、沿道で大きな声で応援してくれるお前と一緒に過ごす時間が、それを許さなかった。」



「ありがとう…今泉くん。」


そんなに強い気持ちで、私の事を思ってくれていたなんて、とまた胸がきゅっと締め付けられた。

「だから、お前にはいつも笑っていてほしい。幸せでいてほしいんだ。

 それなのに、最近お前は辛そうで、俺も、辛い。」




「ごめんね。なんか、分からないんだ、自分の気持ちが。

 こんな風に思ってもらえて、すごくすごく幸せなことなのに、今は…苦しくて。」



話しながら、ポロポロと涙がこぼれてきた。



今泉くんは、ちょっと待ってろ、と言ってお会計を済ませて、
私の手を取って、お店を出た。






 


外はすっかり暗くなっていて、私たちは公園のベンチに腰掛けていた。

人通りも少なく、静寂が二人を包む。




「大分、落ち着いたか?」

「うん、ごめんね、ありがとう」

「いや、半分俺のせいだ。こっちこそごめんな。」


そういって私の頬を包むように手を添えて、目元を親指でこする。

「目、腫れてるな…」

温かい手と、優しい目が、面倒くさい私に付き合ってくれているこの時間が、
今泉君の全部が、私の事を好きだと言っている。


ゆっくりと彼の顔が近づき、触れるだけのキスをされた。





そんなときも、私の脳裏には、鳴子くんが浮かんでいた。



 


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